# 2.4 現場に行き、ユーザーが抱える課題を引き出す **中心主張**: 専門家が非専門家(漁業者)と協働してシステムを開発する際は、現場に足を運んでユーザーの仕事を理解し、ユーザーの普段の行動やことばになじむ形でIT導入を段階的に進めることが定着の鍵となる。 **論の展開**: - 公立はこだて未来大学「マリンIT」は、情報システム/情報デザインの研究者が漁業者と協働で製品開発する取り組み(2004年〜)。北海道留萌市のマナマコ漁で、手書きの操業日誌をデジタル化する「デジタル操業日誌」を開発 - 最初のタッチパネル型パソコンによるWebアプリは「使いづらい」と不評で、2010年に試験運用した3隻のうち2隻がすぐ使わなくなった。理由は、漁業者が普段使う航海計器や魚群探知機と違い、電源を入れた後にアプリを起動・終了する操作が必要で、漁業者の普段の行動と異なるものを使わせようとしていたため - 2011年にiPad用アプリとして再設計。デモアプリを試してもらったところiPad自体の反応が大ウケで、和田教授は「これはイケる!」と直感 - コンセプトは「嫌われないデジタル操業日誌」。ユーザーの年齢層は30代〜70代だが、メインターゲットを最年長の70代に設定(資源管理データ収集には全員が使えることが必須のため) - ヒアリングで天気や潮などの記録要望もあったが、思い切って操業開始時刻・終了時刻・漁獲量の3項目(手書き日誌と同じ項目)に絞り込んだ - 画面デザインは情報デザイン研究者の岡本誠教授が担当。画面遷移なし、スワイプもピンチもない極めてシンプルな画面にした - 事前説明会で「たまに入力を忘れても、資源量の推定値にほとんど変わりはありません」と伝え、高齢の漁業者を安心させる説明を工夫 - 協働の第一歩は「現場(フィールド)に行き、施設や作業を見学し、漁業者の仕事を理解する」こと。持って行くのはスケッチブックとサインペン、カメラ - インタビューでは漠然とした課題を「聞き出す」のではなく「引き出す」姿勢を強調。質問しながら一緒に課題を整理する - インタビュー中にスケッチを描いてイメージを共有する手法は、時に漁業者自身がサインペンを持ち修正することもある。IT機器にない柔らかさがあり、言語を問わないので海外でも通用する - 大切なのは普段のワークフローに溶け込む提案をすること。ワークフローを大きく変える提案は作業負荷が大きくなり、使われないシステムになってしまう - 最初から100点満点を目指さず、まずITが定着することを優先し、段階的に改善していく方針 - マリンITは北海道の漁業者だけでなく、琵琶湖や石垣島の漁業者、島根県のイワガキ養殖業者、大分県のカキ養殖業者、インドネシアの海面養殖業者などとも協働している **実践指針**: - 非専門家であるユーザーと協働開発する場面では、まず現場に行き施設や作業を見学してユーザーの仕事を理解せよ - ユーザーの課題は漠然としているので、聞き出すのではなく質問しながら一緒に整理し「引き出す」姿勢を取れ - インタビュー中はスケッチとサインペンでその場にイメージを描き、共有・修正しながら認識を合わせよ - 高齢者や非デジタル慣れのユーザーには、普段使っている機器と操作性が異なるものを避け、既存の行動・ことば・レイアウトを踏襲せよ - 全員参加が必須(資源管理データ収集など)の場面では、最も操作に不安のある層(最年長層など)をメインターゲットに設定せよ - 導入時の不安を下げるには「たまにミスしても大きな影響はない」といった安心材料を明示的に伝えよ - システムの提案は普段のワークフローに溶け込む範囲にとどめ、まず定着させてから段階的に機能を拡張せよ **根拠となる研究・事例**: - 状況 → 手書き操業日誌をファクスで水産試験場に送り集計する非効率な運用で、資源に関する情報は漁期終了後にしかわからなかった - 結果 → デジタル操業日誌(2011年6月16日解禁日以降運用開始)はデータをインターネットで毎日送信し、水産試験場が週1回「留萌マナマコ資源速報」を発行。漁業者自身が主体的にマナマコ漁の期間を決められる資源管理が可能になった - 示唆 → ユーザーに寄り添った段階的なUX設計が、行政・資源管理のような「全員参加必須」なシステムの定着に不可欠 - 人物: 和田雅昭教授(はこだて未来大学、マリンIT代表者、情報システムの研究者)、岡本誠教授(情報デザインの研究者、画面デザイン担当) - 出典: 和田雅昭「マリンITの出帆 舟に乗り海に出た研究者のお話」公立はこだて未来大学出版会(2015) **キーワード**: - マリンIT: IT活用で水産資源を守り継続的・効率的な漁業を支援する取り組み - デジタル操業日誌: 手書き操業日誌をデジタル化したiPadアプリ、コンセプトは「嫌われないデジタル操業日誌」 - 聞き出すのではなく引き出す: 漠然とした課題を質問しながら一緒に整理するインタビュー姿勢 - ワークフローに溶け込む提案: 大きな変更でなく普段の行動に馴染む範囲で提案する原則