# PART 5 「パワーレス」の時代がはじまった ——「与える人」の才能④ 「強いリーダーシップ」より「影響力」 > 扉の引用: 「言葉は穏やかに、ただし大きな棍棒をもっていけ」——セオドア・ルーズベルト ## 中心主張 人に影響を与える道は2つある。**優位(dominance)** と **信望(prestige)**。テイカーは強気なコミュニケーションで優位に立とうとするが、優位はゼロサムで、相手の権限を奪う分だけ抵抗を生む。ギバーが使う **ゆるいコミュニケーション法(パワーレス・コミュニケーション)**——弱さをさらけ出す、質問する、控えめに話す、アドバイスを求める——は信望を集め、信望はいくらでも与えられるので無限に価値を持つ。控えめに話すほうが、強く伝えようとするより影響力が大きい。 ## 実践指針 - **すでに有能だと認められている場面では、弱さをさらけ出せ。** ただし逆は成り立たない。実績の裏づけがないまま弱みを見せると、ただの欠陥と見なされる(プラットフォール効果)。 - **年下・格下として権威のない相手に向き合う場面では、権威を確立しようとせず、先に自分から弱点を認めて笑いに変えよ。** グラント自身が空軍大佐相手の講習で実証した。 - **売り込みたい場面では、話すな。質問して相手に話させよ。** 人は話せば話すほど相手を好きになる。営業成績トップの秘訣は「質問を介するゆるいコミュニケーション」。 - **交渉する場面では、発話の21%以上を質問に充てよ。** 平均的な交渉者は10%以下。自分の答えを押しつけるのではなく、顧客が何を欲しがっているかを聞き出す。 - **相手に行動してほしい場面では、説得ではなく質問せよ。** 「投票に行く予定ですか」と一度聞くだけで投票率が41%上がる。押しの強い説得は抵抗を生むが、質問は本人に自分で結論を出させる。ただし**相手がもともと関心をもっている場合にかぎる**。 - **提案が縄張り違反になる場面では、ためらい・あいまいな発言・否認・付加疑問・強意語を混ぜて話せ。** 「これはあまりいい考えではないかもしれない、でも……」「いいアイデアだよね?」。相手の権威を脅かさずにアイデアを届けられる。 - **チームの成果を報告する場面では「私が」ではなく「私たち」を使え。** ただし**面接など単発の場面では逆効果**。ゆるい話し方が効くのはチームワークとサービス関係。 - **上位者を動かしたい場面では、ほめるのではなくアドバイスを求めよ。** ゴマすりより効果的で、下心がバレにくい。ただし**心からそう思っていなければ効かない**。 ## 根拠となる研究・事例 - **デイブ・ウォルトン**(ペンシルベニア州の一流法律事務所パートナー、雇用法専門): **吃音**(人口の約1%)を抱え、面接で「吃音があるなら営業の仕事はまず無理」と言われた過去がある。企業秘密をめぐる裁判で、コロンビア大の法学位をもつキャリア25年の雄弁な相手弁護士と対決。陪審員は雄弁な相手に反感を抱き、たどたどしいデイブに共感して同意のうなずきを返した。結果は7000万ドル(約70億円)の評決で、ペンシルベニア州の企業秘密関連では史上最高額。「吃音があるのにがんばっていらっしゃるなんて、すごいですね」と陪審員から声をかけられた。吃音の著名人にジャック・ウェルチ、ジョー・バイデン、カーリー・サイモン、ジェームズ・アール・ジョーンズ、ビル・ウォルトン。 - **エリオット・アロンソンの「プラットフォール効果」**: クイズ大会オーディションの録音テープ実験。正答率92%の達人と30%の平均的志願者。達人がコーヒーをこぼす音(皿がガシャンと割れる音+「あー、しまった!」)を入れると好感度がさらに上がったが、平均的志願者がヘマをすると好感度は下がった。 - **グラント自身の空軍講習**: 26歳で博士号取得2年目、飛行時間3500時間以上・戦闘時間300時間超の40〜50代の大佐23人に4時間の講習。1回目は権威を強気に確立しようとして大失敗(「机上の理屈じゃなく、もっと受講者の役に立つ情報が欲しかった」)。2回目は同じ資料のまま「十二歳の教授から、いったい何を学べるんだって考えておられますよね?」と自虐から入り、大絶賛に転じた。 - **ビル・グランブルズ**: 1977年、無名だったHBOのカンザスシティ営業所開設に派遣。営業未経験のギバー。顧客に質問して15分間ただ聞き続け、「私はほとんど何も話してませんよ」。ほかの営業マンが月1契約のところ**週1契約**を取り、のちにHBO副社長、映像配信会社TBSの社長に。 - **ジェームズ・ペネベーカー**の実験: 見知らぬ人を小グループに分けて15分話させると、**自分が話した量が多い人ほどグループを好きになった**。著書『オープニングアップ——秘密の告白と心身の健康』(北大路書房)。 - **眼鏡販売店の調査**(ノースカロライナ州ローリー、アイ・ケア・アソシエイツ): テイカー的なアンドルーは「よくお似合いで、格好いいですよ」と強引に褒めて売り込む。ギバーのキルデアは「私を眼鏡士だと思っています。私は販売だとは思っていないのです。お客さまを助けることが仕事なのです」と語り、質問で顧客のニーズを掘り下げた。キルデアの年間売上高36万8000ドル(約3700万円)は、会社トップの眼鏡士の2倍以上。売上2位のナンシー・フェルプスも同じ哲学のギバー。数百人へのアンケートと知能検査の結果、**ギバーの年間売上高はマッチャーより30%以上、テイカーより68%高かった**。 - **ニール・ラッカム**の9年間の交渉調査: **交渉上手は発話の21%以上が質問**、平均的な人は10%以下。 - **投票率の実験**: 「あなたは次の選挙で投票に行く予定ですか」と一つ質問するだけで実際に投票する確率が41%上がる。「新しいコンピュータを買うご予定はありますか」と尋ねると6カ月以内に買う可能性が18%高まる。ただし対象にもともと関心がある場合にかぎる(「今月チョコレートがけのバッタを食べたいと思われますか」は効かない)。 - **ドン・レーン**(ボストンの広告代理店アーノルド社、フォルクスワーゲン担当): 顧客担当がクリエイティブ部門に口出しするのは業界のタブーだったが、ゆるい話し方で「ルール違反なのはわかっていますが……」と提案し、2004年のキャッチコピー「**乗れば、わかる(Drive it, you'll get it)**」を生んだ。名前は一連のキャンペーンに一度も記載されなかったが、売上に大きく貢献し広告賞を多数受賞。現在は同社の取締役副社長兼常務取締役。 - **アリソン・フラゲイル**(ノースカロライナ大学教授)の実験: 砂漠に不時着したサバイバル課題で、命令口調の「ジェーミー」とゆるい話し方の「ジェーミー」(「〜のほうがいいんじゃないかな?」「かもしれないよね」)を比較。**後者のほうが快く受け入れられ、尊敬を集め、影響力を発揮できた**。 - **バートン・ヒル**(マーケティングマネジャー): 面接で「私たち」ばかり使い「私が」を避けたため昇進を逃した。オランダの心理学者の調査では、**テイカーはグループのメンバーに有能だと思われているが実際にはそうではなく、本当に有能なメンバーの貢献意欲を削いでグループのパフォーマンスを損なう**。「チームはリーダーに、仕事の成果は協力関係の賜物だと認めてもらいたいのです」。ヒルは別の会社に移り、元従業員3人が彼のチームへの転職を希望。現在は2万人以上の会社で常務取締役。 - **アニー**(フォーチュン500企業の博士研究員): 2007年の工場閉鎖で遠方への転勤を打診されたが、上司に陳情するのではなく**アドバイスを求めた**(「あなたが私の立場だったら、どうされますか」)。課長→部長へと相談が連鎖し、最終的に社有ジェット機の座席を9カ月間・週2回、レンタカー代・民間航空機のチケット代とともに提供された。 - **ケイティ・リルジェンクィスト**の実験: 不動産販売の交渉で、売り手が最高可能価格を目標にした場合わずか8%しか合意に達しなかったが、**アドバイスを求めると42%が合意**。米工業・サービス業大手350社の上級管理職調査では、取締役会の議席(10万ドル=約1千万円の年俸)を得る近道は重役をほめることではなく**アドバイスを求めること**だった。 - **ベンジャミン・フランクリン効果**: フランクリンは自叙伝で「一度親切にしてくれた人は、自分が親切にした人よりも、また親切にしてくれる」と書いた。人は自分の時間・エネルギー・知識・情報を投資して誰かを助けると、相手がそれに値する人だと信じようとする。ウォルター・アイザックソンによれば、これは「彼らの自尊心と虚栄心に訴える」ことで「判断力と知恵を高く評価してもらえるようになる」戦術。 - **難点**: リルジェンクィストによれば、アドバイスを求めることが効果を発揮するかは「**相手がそれを本物だと認めるか否か**」で決まる。下心があってとり入ろうとしていることがバレると失敗する。ギバーが効果を出せるのは、それが無意識から出た行動だからである。 ## キーワード - **ゆるいコミュニケーション法(パワーレス・コミュニケーション)**: 弱点を隠さず、拒絶や障害や躊躇をうまく利用し、不明な点があれば明らかにし、人のアドバイスを喜んで受け入れる話し方。スーザン・ケイン『内向型人間の時代』が言う「力強い話し方」「強い言葉」の対極。 - **優位(dominance)**: 力・確信・実績・プライドで相手より上に立つこと。優位に立つほど相手は抵抗する**ゼロサムゲーム**。 - **信望(prestige)**: 尊敬と賞賛。いくらでも与えることができるため無限に価値がある。 - **プラットフォール効果**: 有能だと認められている人がヘマをすると好感度がさらに上がる現象。逆に平均的な人がヘマをすると好感度は下がる。 - **アドバイス・シーキング**: 助言を求めることで影響を及ぼす手法。4つのメリット——①情報の獲得 ②相手が自分の身になってくれる ③相手とのかかわり合いが強まる ④ゴマすり(お世辞より効果的で下心がバレにくい)。 - **控えめな言葉**: ためらい(「まあ」「うーん」「あー」「ええと」)、あいまいな発言(「どちらかといえば」「みたいな」「かもしれない」)、否認(「これはあまりいい考えではないかもしれない、でも……」)、付加疑問(「おもしろいですよね?」「いいアイデアだよね?」)、強意語(「本当に」「とても」「まったく」)。