# PART 3 チームの総力を活かせる人——「与える人」の才能② 利益の「パイ」を大きく増やす働き方 > 「全世界は、一つのとるに足りない例外を除いて、他者で成り立っていることを忘れてはならない」——ジョン・アンドルー・ホームズ(元アメリカ下院議員、上院議員)(章扉引用) **中心主張**: 個人の才能は、協力関係のなかでしか本当の成果に変わらない。天才(テイカー)は周囲から知力・エネルギー・能力を奪って自分のパイの取り分を最大化するが、「天才を育てる人」(ギバー)は周囲のひらめきを引き起こしてパイ(総額)そのものを大きくする。ギバーはグループ全体の成果を優先し、手柄を分け与えることで、逆に信用と最高の生産性を手に入れる。 ## 実践指針 - **グループで働く場面では**、自分の草稿を書くより、他人の作品の手直しや誰もやりたがらない面倒な仕事を引き受けよ。それが「パイを大きくする」最短の貢献であり、結果として自分のスキルも磨かれる(マイヤーは六カ月かけて各エピソードを修正した)。 - **才能を発揮すると嫉妬される場面では**、①遅刻をしない ②努力を惜しまない ③人に親切にする ④道に外れたことをしない——の四つを守れ。これがそろえば、仲間は嫉妬ではなく賞賛でこたえる。 - **大胆で挑戦的なアイデアを通したい場面では**、先に「信用口座」に残高を積め。与えることで得た**特定人物固有信用**があれば、グループの規範を外れる許可が与えられる。 - **成果が出た場面では即座に他人を褒め、うまくいかない場面では自分が責めを負え**。マイヤーは不正解のときは自分の責任にし、正解のときはパートナーの手柄にした。 - **自分の貢献度を語る前に、相手がしてくれたことをリストにせよ**。「責任のバイアス」を克服する唯一のカギは「他人がした貢献に注目すること」。実験では、上司の貢献を先に考えさせるだけで部下の上司評価が17パーセント以下から33パーセント以上へ倍増した。 - **チームで挑戦させたい場面では、心理的安心感をつくれ**。「誰もが自分も貢献できると思える雰囲気」を先につくらないと、メンバーはリスクを冒せない。マイヤー「何度失敗してもいいんです」。 - **相手の苦痛や必要を推し量る場面では、「視点のズレ」を疑え**。いま自分がその状態にないと、他人のつらさを想像できなくなる。過去に同じ経験をしていても足りない。 - **贈り物・提案をする場面では、自分の独自性にこだわらず、相手が明示的に望んだもの(「欲しいものリスト」)を渡せ**。贈る側は独自の贈り物のほうが喜ばれると思い込むが、受けとる側はリストの品を好む。 - **スター人材を引き抜く場面では**、その人の成果がチームとの協力関係に依存していないかを確認せよ。単独で移籍したスターは成績が落ち、五年経っても戻らない。 ## 根拠となる研究・事例 - **ジョージ・マイヤー(『ザ・シンプソンズ』脚本家)**: ハーバードの風刺新聞『ランプーン』編集長。自費出版の8ページのお笑い雑誌『アーミーマン』が話題となり、サム・サイモンに採用されて『ザ・シンプソンズ』をヒットさせた。エミー賞7回受賞。同僚から「マイヤーほど評判のいい人間はいないね」と言われる一方、番組の成功に最も貢献した人物とされる。彼は「僕は優れた一兵卒になりたい」と語り、目立たない裏方仕事を一手に引き受けた。 - **リズ・ワイズマン(オラクル元上級管理職)**: 「天才はテイカーになる傾向があり、自分の利益を大きくするために、ほかの人から知力、エネルギー、能力を奪う。それに対し、天才を育てる人はギバーになる傾向がある。彼らは自分の知力を使って、ほかの人びとのひらめきを引き起こし、問題を解決させる」。 - **ドナルド・マキナン(1958年、カリフォルニア大バークレー校心理学者)の創造的建築家研究**: 専門家に指名された最もクリエイティブな建築家40名と、平凡な建築家グループを三日間の詳細調査で比較。クリエイティブな建築家は「要求が多く、攻撃的で、自己中心的」(テイカー的)。平凡なグループのほうが「責任感があり、誠実で、頼りになり、他人を思いやる」(ギバー的)。理由は、テイカーが**社会的承認に縛られず、反論をものともせず自分の意見に絶対的な自信をもてる**から。 - **フランク・ロイド・ライト(落水荘、グッゲンハイム美術館)**: 20世紀最初の四半世紀は多作(240棟設計、うち70棟竣工)だったが、1925年からの九年間で生産性は約35分の1に激減、二年間はほぼ失業状態で食料品を買う金にも事欠いた。原因は、孤立と、有能な協力者(マーケット大学のド・サン=オーバンら熟練工)を失ったこと。**弟子には給与を払わず、育成金制度で逆に金をとり、料理・洗濯・畑仕事までさせた**。クライアントの予算を大きく裏切り、契約に明記された3万5000ドルの三倍以上を請求。息子は「父は一度として後ろ盾になり、助けてやることはなかった」「ライトは個人的利益のために自分たちを食い物にし、仕事の手柄を盗んでいる」と批判。弟子のエドガー・ターフェル「ライトは弟子に頼っているか、素直に認めようとしなかった」。 - **ハックマンとピサーノ(ハーバード大)の心臓外科医調査**: 二年間、43の病院で203件の冠状動脈バイパス移植を追跡。全体的には手術中の患者の死亡率は平均5パーセントだが、外科医の腕前が向上していたのは「**ある特定の病院**」でのみで、そこでは死亡率が1パーセントまで下がった。ほかの病院では同じままだった。**外科医は手術の腕前をもち運べず、特定のチームメンバーとの協力関係が必要**だった。 - **ボリス・グロイスバーグ(ハーバード大)のスターアナリスト調査**: 78社・1000人以上の顧客を九年間、366人のアナリストを追跡。移籍したスターアナリストの成績は落ち、少なくとも五年間は低いままだった。移った最初の一年で、1位にランキングされる人が5パーセント減、2位が6パーセント減、3位が1パーセント減、ランキングされない人が8パーセント増。**チームメイトと一緒に移った人は、まったく落ちなかった**。結論「スターを雇うことは、スター自身にとっても、雇う側の会社にとっても、利益をもたらさない」。 - **ユージーン・キムとテリーザ・グラム(ミネソタ大)の調査**: 非常に才能のある人は嫉妬され、うらまれ、仲間はずれにされ、陰で中傷される。だが**ギバーであれば攻撃されない**。同僚が嫌がる仕事を引き受けることで、マイヤーは妬みを買うことなく、その才能を実証するチャンスを手にした。 - **エドウィン・ホランダー「特定人物固有信用(idiosyncrasy credit)」**: 与えることによってグループのメンバーの心に積み立てられる信用。信用を得ると、マッチャーはそのメンバーにグループの規範や期待からはずれてもよいという許可を与える。**シャロン・パーカーとキャサリン・コリンズの調査**では、ギバーがアイデアを提案すると同僚は素直に耳を傾けるが、テイカーが同じ提案をすると同僚は意図を疑い自分が得をするために違いないと決めつける。 - **ジョナス・ソーク(ポリオワクチン)**: 1955年4月12日の歴史的記者会見で、六人の研究チーム(ベイズリー、ロビンズ、ウェラーら)の功績を一切認めず自分の名だけを語った。研究チームは記者会見の会場を涙ながらにあとにした。同僚のバイロン・ベネット、L・ジェームズ・ルイス、ジュリアス・ヤングナー、フランシス・ユーロックらは無視された。ヤングナーは「あれは本当にショックでした」「誰だって自分の功績を認めてもらいたいものです」。ソークはノーベル賞を受賞することも、アメリカ科学アカデミーの会員に選ばれることもなかった——「**汝、他人の功績を認めよ**」という科学界の不文律を破ったため。以後ソーク自身の生産性も衰えた(後年のエイズワクチン開発も失敗に終わっている)。2005年のポリオワクチン発表50周年記念式典で、息子のピーター・ソークがついに事実を語り「これは一人の人間の業績ではありません。献身的で熟練したチームの業績です」と伝えた。 - **マイケル・ロスとフィオーレ・シコリーの「責任のバイアス」研究**: カナダの夫婦に、夕食づくり・ゴミ出し・ケンカの解決まで、関係を維持するためのすべての努力のうち自分の貢献度が何パーセントかを尋ねると、合計は100パーセントをかなり超えた。**ハリウッドの著作権仲裁**では1993〜1997年に4400を超えるシナリオが投稿され、3〜6人の作業グループでは各メンバーの自己評価の合計が140パーセントを超える。原因は「**受けとる情報量の差**」——自分がした努力はすべてわかっているが、相手のは一部しか目撃していない。 - **エイミー・エドモンドソン(ハーバード・ビジネススクール)の「心理的安心感」**: リスクを冒しても不利になったり罰せられたりする心配がない環境では、人は学習意欲が高まり、より新しいことにチャレンジできるようになる。マイヤーはこの雰囲気をつくり出していた——「誰もが自分も貢献できると思えるような雰囲気を社内につくり」「何度失敗してもいいんです」。 - **ロラン・ノルドグレン(ケロッグ経営大学院)の「視点のズレ」実験**: 被験者に「冷凍室で五時間座り続けるのはどれくらいつらいか」を推測させた。温かいバケツに腕を入れた状態のグループより、氷水のバケツに腕を入れていたグループのほうが14パーセント多くつらさを予測した。さらに、氷水を体験した第三のグループでも、体験から時間が経ってしまうと、予測は温かいグループとまったく同じになった。**いま自分がつらい目にあっていないと、人はそのつらさを過小評価する**。 - **ロバート・バートン(サンフランシスコの神経科医)の症例**: 評判のがん専門医が末期がん患者に脊髄穿刺を指示。患者と妻は拒否したが、医師は自分が痛みを経験していないため「これなら治療できるぞ」と押し切った。患者は昏睡状態に陥り三日後に死亡。医師に悪意はなく「よいことをしているのだ」と信じきっていた。 - **フランチェスカ・ジーノ(ハーバード大)とフランク・フリン(スタンフォード大)の結婚祝い実験**: 90人の被験者に、アマゾンの20〜30ドルの商品を10個選ばせ、「贈る側」と「受けとる側」に分けた。贈る側は独自の贈り物のほうが喜ばれると考えたが、**受けとる側は「欲しいものリスト」にある品を好んだ**。贈る側は常に、受けとる側がどれほどリストの品をよいと思っているかを低く見積もっていた。 - **ベティ・レパコーリとアリソン・ゴプニック(カリフォルニア大)の幼児実験**: 14カ月と18カ月の幼児の前でクラッカーとブロッコリーのボウルを置き、研究者がブロッコリーをおいしそうに、クラッカーをまずそうに食べてみせた後、幼児に食べ物をねだった。**14カ月児は87パーセントがクラッカー(自分の好み)を渡し、18カ月児は69パーセントがブロッコリー(相手の好み)を渡した**。他人の視点から見る能力は幼いころに発達するが、大人でも意識的に「自分のものの見方の外に出る」必要がある。 - **マイヤーの影響の波及**: 脚本家ジョン・ヴィッティ「マイヤーのおかげで、みんなよりいっそう努力するようになりましたね」。ペイン「マイヤーの存在が刺激になって、大志を抱かせる天賦の才を褒めちぎった」「私たちは全員、彼の笑いのセンスにすっかり感化されていて、ときどき彼だったらどうするだろうと考えている」。マイヤーは2004年に『ザ・シンプソンズ』を去ったが、影響は番組のDNAのなかに根づいている。 ## キーワード - **パイ(総額)を大きくする**: グループ全体の成果を増やす発想。テイカーは決まった大きさのパイの取り分を争うが、ギバーはパイそのものを大きくし、全員の取り分を増やす。 - **探検行動**: グループの目的とミッションを最優先する行動。番組(成果物)を「できるだけよいものにすること」を自分にとってのベストだと考える態度。登山の世界でも同じ言葉が使われる。 - **特定人物固有信用(idiosyncrasy credit)**: 与えることによってグループのメンバーの心に積み立てられる信用(エドウィン・ホランダー)。「信用口座」に残高があると、規範から外れる大胆な提案も歓迎される。 - **責任のバイアス(responsibility bias)**: 相手の努力に対して自分の貢献を高く見積もること。原因は「受けとる情報量の差」。克服のカギは「他人がした貢献に注目すること」。 - **心理的安心感(psychological safety)**: リスクを冒しても不利になったり罰せられたりする心配がない環境(エイミー・エドモンドソン)。ギバーがつくり出す。 - **視点のズレ(perspective gap)**: 心理的・身体的な興奮状態を経験していないとき、人はそれが自分に与える影響をひどく過小評価すること。過去の経験も時間が経つと役に立たない。 - **天才 vs 天才を育てる人**: 前者はテイカーとして周囲から知力・エネルギー・能力を奪い、後者はギバーとして周囲のひらめきを引き起こす(リズ・ワイズマン)。