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# 14章 気まずい相手と向き合う
## 中心主張
トムとアナがそれぞれ、13章の課題を持ち帰る。トムは元上司ピエールに電話をかけて謝罪し、劇的な和解は起きないものの「気分はだいぶましになっていた」。アナは家庭で夫ジェイミーと向き合う機会がありながら、疲労と自分の内心(夫はもっと力を発揮できるはずだという評価)に阻まれ、言いたいことを口にせずに終わる。実践の第一歩は、劇的な成果ではなく、自分の側からの一歩として現れる。
## 論の展開
**トムのケース**
- トムは携帯電話を見てため息をつく。向こうにだって謝ることが皆無というわけではないのだが、それを言い出せば、これまでと同じ堂々巡りになってしまう。
- 元上司の電話番号はもうどこかにやってしまったかもと思ったが、案の定、連絡先の一覧に残っていた。留守電にメッセージを残そうか、それともかけ直そうか。メールを送るだけでよかったのかもしれない、とも考える。
- 呼び出し音が鳴り始める。一度、二度、三度。電話が繋がる。「もしもし」抑揚のないピエールの声。
- トム「トム・コーラムです」。しばしの沈黙、そしてまた単調な声。「どういう用向きなのかな」。
- トムの謝罪 ── 「長々と時間をいただくつもりはないのですが、今日いろいろと考えていて、あなたに謝らなければと思ったので」。特に去年の秋のウィルキンスのプロジェクトに関して。あなたが持っていた情報に関していくつか思うところがあったのに、自尊心が邪魔をして、プロジェクトを最優先にすることを怠った。それに、共に仕事をしやすい同僚とはいえなかった。
- ピエールの応答 ── 「なるほど」一呼吸置いて、「うん。電話をくれて、ありがとう」。
- トム「いや、どういたしまして。じゃあ、お元気で」。電話を切り、うめき声を上げる。近々一緒に飲むというわけには行きそうにないが、少なくとも努力はしてみたということで ── それに実際、気分はだいぶましになっていた。
**アナのケース**
- アナはラッシュアワーの渋滞に捕まってへとへとで帰宅する。家に入ったとたんにさらに疲れが増したようだった。居間はしっちゃかめっちゃかで、次々に引っ張り出されたおもちゃや本がそこら中に散らばっている。
- そのくせ家の中は静か ── 怪しく感じられるくらい静かだ。と思ったら、裏庭のほうから楽しそうな叫び声が聞こえてくる。
- キッチンの窓越しに見えたのは、庭を駆け回っている息子のマテオと娘のミランダ、そしてホースで二人に水をかけている夫のジェイミー。全員ビショ濡れで、声を立てて笑っている。
- アナの内心 ── 「今この『夏のお楽しみ』のせいで生じる不都合をすべて見通そうとするのを止められずにいる、そんな自分自身が嫌で仕方なかった」。子どもたちはまだ夕食を食べていない → たぶんベッドに入るのも遅れる → ジェイミーとの二人きりの時間が減る。
- そのとき目の前の窓に水が当たり、アナは文字通り飛び上がった。ジェイミーはにやりと笑い、子どもたちもクツクツ笑いながら手を振っている。アナは投げキスをすると、タオルを取りに行った。
- その晩はアナの予想通り、子どもたちがベッドに入るのは遅れ、ジェイミーと二人でわずかばかりの静かな時間を過ごす間も、目を開けておくのがやっとだった。
- ジェイミー「で、今日は一日どうだった? 例の重要な研修は、うまくいった?」 アナ「面白い経験だったわ。前に話した、あの同僚と一緒だった。あの、自分だけが賢いと思っている人」。
- アナが思い出す ── 「あらやだ、そういえば……あなたの面接、今日だったよね?」。
- ジェイミー「それが、そのう……なんか、ぴったりこない気がしてさぁ。前に君にもいったよね、当面はフリーランスで満足だって。子どもたちと過ごす時間も持てるし」。
- アナはひどく疲れていたものの、口を開いたが黙り込んだ。ジェイミーは知っているはずなのだ ── 実際には彼はもっと力を発揮できる、とアナが思っていることを。
- 最近は、ちょくちょくこういうことがある。まるでお互いに、言いたいことを口にするエネルギーがないみたいだった。
- アナはひどく疲れていたのだが、寝付くまでにはずいぶん長い時間がかかった。
## 実践指針
- 気まずい相手に連絡する場面では、「向こうにも謝ることがある」という思考が浮かんだら、それは堂々巡りへの入口だと知り、自分の側の非だけを言え。
- 謝罪をする場面では、メールで済ませようとする誘惑を退け、電話をかけよ(トムは留守電・メールの選択肢を検討したうえで、直接話す道を選んでいる)。
- 謝罪の内容を組み立てる場面では、抽象的な非ではなく、具体的な案件・時期・自分がした選択を名指しせよ(ウィルキンスのプロジェクト/情報を持っていたのに自尊心が邪魔をした/プロジェクトを最優先にすることを怠った)。
- 謝罪する場面では、相手からの反応や和解を目的にするな。トムの電話に劇的な応答はなかったが、それでも実行に意味があった。
- 相手の時間を奪う謝罪をする場面では、「長々と時間をいただくつもりはない」と冒頭で示せ。
- 家族が楽しんでいる場面に出くわしたとき、そこから生じる不都合を先回りして数え上げている自分に気づいたら、その計算を止めよ。
- 相手の選択(キャリア・働き方)に不満がある場面では、「もっと力を発揮できるはずだ」という自分の評価が、相手を "人" ではなく期待値で見ていないかを点検せよ。
- 疲れているときに大事な会話を先送りする場面では、その先送りが常態化していないか点検せよ ── 「まるでお互いに、言いたいことを口にするエネルギーがないみたい」が続く関係は、すでに裏切りの反復である。
- 実践の成果を評価する場面では、相手の変化ではなく自分の状態(トム: 「気分はだいぶましになっていた」)を指標にせよ。
## 根拠となる研究・事例
- **トムからピエールへの電話**: 元上司ピエール・カードンの電話番号は連絡先の一覧に残っていた。呼び出し音が一度、二度、三度で繋がる。ピエールの声は抑揚がなく単調。「どういう用向きなのかな」。→ 結果: トムは去年の秋のウィルキンスのプロジェクトについて、自尊心が邪魔をしてプロジェクトを最優先にすることを怠ったこと、共に仕事をしやすい同僚とはいえなかったことを謝罪した。ピエールの応答は「なるほど」一呼吸置いて「うん。電話をくれて、ありがとう」だけ。→ 示唆: 実践の見返りは相手の劇的な変化ではない。トムは電話を切ってうめき声を上げるが、「気分はだいぶましになっていた」。9章・10章・11章で積み上げた課題が、ここで初めて行為になる。
- **トムの躊躇の内訳**: ①向こうにも謝ることがある(=堂々巡り)②番号を捨てたかもしれない ③留守電にメッセージを残す ④かけ直す ⑤メールで済ませる。→ 示唆: 裏切りに至る道の入口には、常に複数の「やらずに済ませる選択肢」が用意されている。
- **アナの帰宅場面**: ラッシュアワーの渋滞。居間はおもちゃや本が散乱。家の中は怪しく感じられるくらい静か。裏庭では息子マテオと娘ミランダが駆け回り、夫ジェイミーがホースで水をかけている。全員ビショ濡れで笑っている。→ 結果: アナは「この『夏のお楽しみ』のせいで生じる不都合をすべて見通そうとするのを止められずにいる、そんな自分自身が嫌で仕方なかった」。夕食が遅れる → 就寝が遅れる → 夫との二人の時間が減る、と先回りして計算している。→ 示唆: 目の前の喜びを不都合の連鎖に変換する認識が、箱の中の見方として描かれている。同時に、それを「嫌で仕方ない」と自覚できている点が、アナの回復可能性を示している。
- **窓に当たった水**: 目の前の窓に水が当たり、アナは文字通り飛び上がった。ジェイミーはにやりと笑い、子どもたちもクツクツ笑いながら手を振っている。アナは投げキスをすると、タオルを取りに行った。→ 示唆: 一瞬だけ箱の外に出る動作が描かれる。
- **アナとジェイミーの会話**: ジェイミー「で、今日は一日どうだった? 例の重要な研修は、うまくいった?」 アナ「面白い経験だったわ。前に話した、あの同僚と一緒だった。あの、自分だけが賢いと思っている人」。→ 示唆: 一日かけて学んだ直後にもかかわらず、アナはトムを「自分だけが賢いと思っている人」というラベルで語っている。学習と実践の距離が示される。
- **ジェイミーの面接**: アナが思い出して尋ねると、ジェイミーは「なんか、ぴったりこない気がしてさぁ。前に君にもいったよね、当面はフリーランスで満足だって。子どもたちと過ごす時間も持てるし」と答える。→ 結果: アナは口を開いたものの黙り込んだ。ジェイミーは知っているはずなのだ ── 実際には彼はもっと力を発揮できる、とアナが思っていることを。→ 示唆: アナが夫を「本来の実力を発揮していない人」として見ていることが明示される。言わずに飲み込むこと自体が自分への裏切りとして機能している。
- **沈黙の常態化**: 「最近は、ちょくちょくこういうことがある。まるでお互いに、言いたいことを口にするエネルギーがないみたいだった」「アナはひどく疲れていたのだが、寝付くまでにはずいぶん長い時間がかかった」→ 示唆: テオが息子の夜泣きの晩に「再び寝入るまでにはずいぶんかかった」のと同じ描写が反復されている。眠れなさは、箱の中にいることの徴候として本書で繰り返し使われる。
- **トムとアナの対比**: トムは実践した(電話をかけた)。アナは実践しなかった(言いたいことを飲み込んだ)。→ 示唆: 同じ研修を受けた二人が、同じ晩に反対の結果に至る。12章のテオとケイトの見立て(トム=上等、アナ=下等の傾き)が、行動の差として現れている。
## キーワード
- **ウィルキンスのプロジェクト**: トムが前職でピエールと衝突した具体的な案件(去年の秋)。
- **ジェイミー**: アナの夫。フリーランスで働き、子どもたちと過ごす時間を優先している。アナは彼が「もっと力を発揮できる」と考えている。
- **マテオ / ミランダ**: アナの息子と娘。
- **言いたいことを口にするエネルギー**: それがない状態が続く関係の描写。裏切りの常態化の徴候。