<!-- pages: part1 13-14 --> # 2章 自分に問題があることに気がつかない ## 中心主張 テオが若手弁護士時代の自分の話を語る。彼は誰よりも長時間働き、誰よりも献身的にプロジェクトに尽くしているつもりだった。しかし実際には、自分だけが情報から切り離され、周囲に負の影響を及ぼし、プロジェクトそのものを毀損していた。一生懸命であることと、問題の一部でないこととは、まったく別のことである。 ## 論の展開 - テオはボストンの法律事務所で、五十あまりの銀行が絡む大規模な金融プロジェクトの合意書の下書きを任される。「一人目の子どもを授かったことを知った」タイミングで、自分の力を見せたくてしかたがなかった。 - 妻トレイシーの出産、息子デイヴィッドの誕生(12月23日)。三週間の休暇を取るつもりが、「プロジェクトが完了するまでだ」「三週間かもしれんし、三ヶ月になるかもしれん」という返事が返ってくる。 - テオはサンフランシスコに事実上「島流し」される。プロジェクト本部は二十五階、テオの部屋は二十一階の来客用の部屋。一日十八〜二十時間労働、法外な値段のサンドイッチやサラダ、一日二、三回だけ一階ロビーの売店に降りる生活。 - 二十五階では二十四時間ケータリングが供されていたのに、テオがそれを知ったのは十日間を過ごしてから。プロジェクトの変更事項も、最新版が下書きに含められないまま二度もきつい叱責を受けた。 - ここでテオは論点を反転させる。「一日に十八時間から二十時間も働いているのは、誰なのか ── このわたし」「基本的な詳細について蚊帳の外に置かれていたのは、誰なのか ── このわたし」。責めるべき相手を探していたが、力を尽くしていなかったのは自分だった。 - トムとアナは顔を見合わせたものの、口を開こうとはしなかった。二人とも、自分自身に問題があることに気づいていなかった。 ## 実践指針 - 自分が疎外されている・情報が回ってこないと感じる場面では、まず「自分から状況を訴えたか」を問え。孤立して自己憐憫に浸ることは働いていることの代わりにならない。 - 長時間労働で自分を測ろうとする場面では、投入時間ではなく「自分がプロジェクト全体・チーム全体に及ぼした影響」で測れ。 - 自分の職務を定義する場面では、「割り当てられた作業を済ませること」ではなく「プロジェクトが前進し、チーム全員の成功に繋がる形で義務を果たすこと」と定義せよ。 - 苦情や不満を口にしている自分に気づいた場面では、その苦情の主語が全部「わたし」になっていないかを点検せよ。 - 家庭と仕事の両立が崩れている場面では、それを他者や組織のせいにする前に、自分がその崩壊にどう寄与しているかを見よ(テオはのちに事務所を辞めるが、その退職も「指摘は正しい」ことを免罪しない)。 - 一生懸命やっているのに成果が出ない場面では、「熱心さ」が「関与」の代わりになっていないかを疑え。 ## 根拠となる研究・事例 - **ボストンの法律事務所の金融プロジェクト**: 五十あまりの銀行が絡む大規模プロジェクト。難解な法律問題、話題の著名人と知り合って人脈を作る機会、見たこともない高額なやり取りまで。テオは「主立った貸与契約の下に付く合意書の下書きを作る仕事」を指名される。→ 結果: 妻の出産(12月23日、息子デイヴィッド誕生)への備えで飛ぶように過ぎた八ヶ月ののち、サンフランシスコへ総動員される。→ 示唆: 華やかな仕事の指名と、家庭のイベントが重なったとき、人は「見せたい自己像」を優先する。 - **二十五階と二十一階の分断**: プロジェクト本部は二十五階、テオの部屋は二十一階の来客用部屋。一日に二、三回、一階ロビーの売店に降りるだけ。→ 結果: 二十五階に二十四時間ケータリングが供されていたことを、十日間過ごしてからようやく知る。→ 示唆: 物理的な分断は情報の分断を生むが、それを是正する働きかけをしなかったのはテオ自身である。 - **休暇と出張期間の交渉**: 息子が生まれた日から三週間の休暇を取るつもりだったが「プロジェクトが完了するまでだ」。出張期間を尋ねると『三週間かもしれんし、三ヶ月になるかもしれん』。→ 結果: 妻と生まれたばかりの赤ん坊のことを尋ねてくれる人は誰一人おらず、テオは孤独を感じた。→ 示唆: 誰も尋ねてこなかったのは事実だが、テオもまた誰にも話していなかった。 - **変更事項の伝達漏れと叱責**: 二十五階でのプロジェクト変更は逐一、テオが下書きしている文書に組み込まれなければならなかった。ところがテロは最新の変更事項を下書きに含めなかったというので、二度もきつい叱責を受ける。→ 結果: 「もっと早くにわかっていればよかったんだがねぇ」とテオ。「まるで、ひどい部屋をあてがわれたのがわたしの落ち度だとでもいうように」「わたしの居所がわからないという苦情まで出る始末で」→ 示唆: 被害を訴える語り口そのものが、自分を問題の外側に置く行為になっている。 - **視点の反転(見出し「一生懸命なのに問題のある働き方」)**: 「一日に十八時間から二十時間も働いているのは、誰なのか ── このわたし。ケータリングの有無だとかプロジェクトの変更といった基本的な詳細について蚊帳の外に置かれていたのは、誰なのか ── このわたし。知る限りでは、他には誰一人としてそういった問題を抱えていなかったのに、それでもわたしは懸命に働いていた。わたしにはクライアントのことも、ともに働いている仲間のことも、自分の仕事のやり方のせいで迷惑を被った人がいるということも、まったく考えていなかった」→ 結果: テオは、自分こそがそのプロジェクトにいちばん尽力して熱心に関わっている人間だと信じていたが、事実は逆だった。→ 示唆: 主語を並べ直すだけで、被害の物語が加害の物語に反転する。 - **トムとアナの沈黙**: トムとアナは顔を見合わせはしたものの、口を開こうとはしなかった。→ 結果: 二人は自分自身に問題があることに気づいていなかった。→ 示唆: テオの話が「他人の失敗談」として消費される段階では、まだ何も伝わっていない。 ## キーワード - **一生懸命なのに問題のある働き方**: 投入時間と献身の実感が最大でありながら、実際にはチームやプロジェクトに負の影響を及ぼしている働き方。 - **島流し**: 二十五階の本部から四つ下の階に隔離されたテオの状態。物理的にも心理的にも情報から切り離された比喩として使われる。 - **わたし(このわたし)**: テオが自分の被害を語る際に反復される主語。自己中心的な視点の徴候として提示される。