# 嫌われる勇気 用語集
本書に登場するアドラー心理学の用語を、カテゴリ別に整理したもの。定義は各章ノートの記述に基づく。
## 基礎の立場・人間観
- **アドラー心理学(個人心理学 / individual psychology)**: アルフレッド・アドラーが1900年代初頭に創設した心理学。individual の語源は「分割できない」であり、個人主義の学問ではなく人間を分割不能な全体としてとらえる立場を指す。→ 導入対話・第四夜
- **主観的な世界**: 人は客観的な世界そのものではなく、自分が意味づけを施した世界に住んでいるという前提。アドラー心理学の出発点。→ 導入対話
- **目的論**: 人の行動には過去の原因ではなく現在の目的があるとする立場。「不安だから外に出られない」ではなく「外に出ないために不安をつくり出している」。→ 第一夜
- **原因論**: 過去の原因が現在の結果を規定するというフロイト的な立場。行き着く先は決定論とニヒリズムだとアドラーは退ける。→ 第一夜
- **トラウマの否定**: 「いかなる経験も、それ自体では成功の原因でも失敗の原因でもない。われわれは経験によって決定されるのではなく、経験に与える意味によって自らを決定する」。過去の経験の影響がゼロという意味ではない。→ 第一夜
- **全体論(ホーリズム)**: 心と身体、理性と感情、意識と無意識を分割せず、「全体としてのわたし」を単位とする人間観。二元論への反対。→ 第四夜
- **所有の心理学 / 使用の心理学**: 「なにが与えられているか」を問うのが所有の心理学(フロイト的原因論)、「与えられたものをどう使うか」を問うのが使用の心理学(アドラー)。後者は決定論ではなく "勇気の心理学"。→ 第二夜
- **アドラー心理学の目標**: 行動面は①自立すること②社会と調和して暮らせること。心理面は①わたしには能力があるという意識②人々はわたしの仲間であるという意識。→ 第五夜
## 自己・変化に関する概念
- **ライフスタイル**: 人生における思考や行動の傾向。狭義には性格、広義には世界観・人生観。おおよそ10歳前後に自ら選び取ったものであり、いつでも選び直せる。→ 第一夜・第五夜
- **勇気**: 変わるために必要なもの。能力や環境ではなく、これが不足しているために人は変われないという本書全体を貫く概念。→ 導入対話
- **感情の捏造**: 怒りなどの感情は、目的(相手を屈服させる等)を達成する手段として自らつくり出されるという考え。感情は出し入れ可能な道具。→ 第一夜
- **人生の嘘**: さまざまな口実を設けて人生のタスクを回避しようとする事態。他者の欠点をでっち上げ、他者を敵と見なして逃げること。善悪や道徳ではなく勇気の問題。→ 第二夜
- **人生最大の嘘**: 「いま、ここ」を生きないこと。ありもしない過去と未来にばかり光を当て、人生を先延ばしにすること。→ 第五夜
- **傾向性(カント)**: 本能的欲望・衝動的欲望のおもむくままの状態。坂道を転がる石が重力に従うのと同じ不自由さ。自由はこれに抗うところに生まれる。→ 第三夜・第五夜
## 劣等感と優越性
- **劣等感(Minderwertigkeitsgefühl)**: 「より少ない(minder)価値(Wert)の感覚(Gefühl)」。自らへの価値判断であり、客観的事実ではなく主観的解釈。→ 第二夜
- **劣等性**: 客観的に測定された事実そのもの(例: 身長155cmという数値)。劣等感とは区別される。→ 第二夜
- **健全な劣等感**: 他者との比較ではなく、「理想の自分」との比較から生まれる劣等感。前進の燃料になる。→ 第二夜
- **優越性の追求**: 無力な状態から脱し向上したいと願う普遍的な欲求。他者より上をめざす競争ではなく、自分の足を一歩前に踏み出す意思。→ 第二夜
- **劣等コンプレックス**: 自らの劣等感を言い訳に使い始めた状態。「AだからBできない」という論法。劣等感そのものとは別物。→ 第二夜
- **優越コンプレックス**: 劣等コンプレックスを努力以外の安直な手段で補償する状態。権威づけ・自慢・不幸自慢として現れる。「自慢する人は、劣等感を感じている」。→ 第二夜
- **権威づけ**: 他者の権威(有名人との交友、ブランド、肩書き、経歴詐称)を借りて自分が優れているかのように見せかけること。→ 第二夜
- **不幸自慢**: 自らの不幸を武器に周囲を支配する態度。不幸であることによって「特別」であろうとする。→ 第二夜
- **見かけの因果律**: 本来因果関係のない事柄を因果でつなぎ、自らを説明し納得させること。→ 第二夜
- **安直な優越性の追求**: 努力によって「特別によくあろう」とするのではなく、問題行動によって「特別に悪くあろう」とすること。不登校・リストカット・非行も同じ目的(注目)に立つ。→ 第五夜
- **普通であることの勇気**: 「普通の自分」を受け入れる勇気。普通であることは無能であることではなく、わざわざ優越性を誇示する必要がない状態。→ 第五夜
## 対人関係
- **すべての悩みは対人関係の悩み**: アドラー心理学の根底に流れる命題。内面の悩みに見えるものにも必ず他者の影が介在する。→ 第二夜
- **人生のタスク(ライフタスク)**: 社会的存在として避けられない対人関係の課題。**仕事のタスク**(成果という共通目標があり距離が遠くハードルが低い)、**交友のタスク**(強制力がなく踏み出すのも深めるのも難しい)、**愛のタスク**(恋愛・親子関係。もっとも難しく、親子は「頑強な鎖」で結ばれている)の3つ。→ 第二夜
- **同じではないけれど対等**: 知識・経験・立場に違いがあっても、人間の価値に上下はないという原則。→ 第二夜・第四夜
- **愛(アドラーの定義)**: 「この人と一緒にいると、とても自由に振る舞える」と思えたときに実感するもの。束縛は不信の表れであり、愛ではない。→ 第二夜
- **私憤と公憤**: 社会の矛盾や不正への憤り(公憤)は長く継続するが、私的な怒り(私憤)は相手を屈服させる道具にすぎずすぐ冷める。→ 第二夜
- **横の関係/縦の関係**: 「同じではないけれど対等」な関係が横。評価・操作・上下を含む関係が縦。アドラー心理学は縦を否定し、すべての関係を横にすることを提唱する。関係は使い分けられない。→ 第四夜
- **社会の最小単位=「わたしとあなた」**: ふたりの人間がいれば、そこに社会が生まれ共同体が生まれる。→ 第四夜
## 課題の分離と自由
- **課題の分離**: 「その選択によってもたらされる結末を最終的に引き受けるのは誰か」で課題の帰属を判定し、他者の課題を切り捨てること。対人関係の悩みを解消する入口であり、ゴールではない。→ 第三夜
- **承認欲求の否定**: 他者から承認を求めることは賞罰教育が生んだ不自由な生き方であるとする立場。「われわれは他者の期待を満たすために生きているのではない」。→ 第三夜
- **自由=他者から嫌われること**: 嫌われる可能性を怖れず、承認されないコストを支払ってでも自分の生き方を貫くこと。「組織からの解放」ではない。→ 第三夜
- **賞罰教育**: ほめてくれる人がいなければ適切な行動をせず、罰する人がいなければ不適切な行動もする、という誤ったライフスタイルを生む教育。→ 第三夜
- **対人関係のカード**: 関係を変える決定権。多くの人は他者が握っていると思い込むが、常に「わたし」が握っている。→ 第三夜
- **見守り**: 放任でも介入でもない、課題を分離したうえでの適切な援助の構え。→ 第三夜
## 共同体感覚と勇気づけ
- **共同体感覚(social interest / Gemeinschaftsgefühl)**: 他者を仲間と見なし、そこに自分の居場所があると感じられること。対人関係のゴールであり、幸福なる対人関係を考えるもっとも重要な指標。同時に多くの人がアドラーから離反した「議論の分かれどころ」でもある。→ 第四夜
- **共同体の範囲**: 家庭・学校・職場・地域社会にとどまらず、国家・人類、さらに動植物や無生物、過去から未来、宇宙全体までを含む。アドラー自身も「到達できない理想」だと認めていた。→ 第四夜
- **self interest(自己への執着)→ social interest(他者への関心)**: 共同体感覚を得るために必要な関心の矢印の切り替え。→ 第四夜
- **所属感**: 「ここにいてもいいんだ」という感覚。生まれながらに与えられるものではなく、人生のタスクに自ら踏み出すことで獲得する。→ 第四夜
- **より大きな共同体の声を聴け**: 目の前の小さな共同体のコモンセンスではなく、より大きな共同体の原則で判断せよという行動原則。→ 第四夜
- **勇気づけ**: 症状を取り除くのでも自信をつけさせるのでもなく、「いまの自分」を受け入れて前に踏み出す勇気を持ってもらうアプローチ。横の関係に基づく援助であり、ほめる/叱るの対極にある。→ 第二夜・第四夜
- **介入と援助**: 介入は課題を分離せず土足で踏み込んで操作すること。援助は課題を分離したまま自力での解決を支えること。→ 第四夜
- **行為のレベル/存在のレベル**: なにをしたかで人を見るのが行為のレベル、ここに存在していること自体を喜ぶのが存在のレベル。勇気づけは後者から出発する。→ 第四夜
## 幸福と「いま、ここ」
- **自己受容**: できない自分をありのままに受け入れ、できるようになるべく前に進むこと。「わたしは強い」と自らに嘘をつく**自己肯定**とは明確に異なる。→ 第五夜
- **他者信頼**: 他者を信じるにあたって一切の条件をつけないこと。担保を求める「信用」の対義。裏切るかどうかは他者の課題。→ 第五夜
- **他者貢献**: 仲間である他者になんらかの働きかけをすること。自己犠牲ではなく、「わたし」の価値を実感するためになされる。→ 第五夜
- **貢献感**: 「わたしは誰かの役に立っている」という主観的な感覚。**幸福とは貢献感である**というのがアドラー心理学の答えであり、貢献感があれば他者からの承認は不要になる。→ 第五夜
- **連続する刹那**: 人生は線ではなく点の連続。過去も未来も存在せず、「いま、ここ」にしか生きられない。→ 第五夜
- **キーネーシス/エネルゲイア**: 始点と終点があり目的地に効率よく到達することが望ましい運動がキーネーシス。「いまなしつつあることが、そのままなしてしまった」となる運動がエネルゲイア。人生は後者。→ 第五夜
- **一般的な人生の意味はない**: 人生にあらかじめ備わった普遍的な意味は存在しないというアドラーの立場。だからこそ「人生の意味は、あなたが自分自身に与えるものだ」。→ 第五夜
- **導きの星**: 自由に生きるための唯一の指針。その中身は「他者に貢献するのだ」という感覚。→ 第五夜
- **世界とは「わたし」が変わることでしか変わらない**: 世界の見え方を変えられるのは自分だけであり、他者が変えてくれるのを待つのは他者依存。→ 第五夜
- **世界はシンプルである**: 世界そのものが複雑なのではなく「わたし」が世界を複雑にしている、という本書の出発点にして結論。→ 導入対話・エピローグ
## 人物
- **アルフレッド・アドラー**: オーストリア出身の精神科医。1900年代初頭に個人心理学(アドラー心理学)を創設。フロイトの弟子ではなく対等な共同研究者であり、学説上の対立から袂を分かった。デール・カーネギー『人を動かす』やコヴィー『7つの習慣』に思想が色濃く反映されている。→ 第一夜
- **ソクラテス**: アドラーと同じく自ら著作をほとんど残さず、対話によって相手が自ら答えに到達することを重視した。「誰ひとりとして悪を欲する人はいない」(ソクラテスのパラドクス)は第五夜で勇気づけの根拠として引かれる。→ 第一夜・第五夜