# 第五夜(承前)無意味な人生に「意味」を与えよ ※節タイトルは仮 > part3 から続く章。分冊の冒頭は「哲人 人生の意味とはなにか?」という質問への回答の途中から始まる(Kindle 進捗 94%)。第五夜「「いま、ここ」を真剣に生きる」の最終部にあたる。 **中心主張**: アドラーは「一般的な人生の意味はない」と断言する。戦禍や天災のように理不尽な出来事が起きる世界で、あらかじめ与えられた意味など存在しないからだ。しかし意味がないからこそ、人生の意味は自分自身が自分に与えるものになる。そして自由に生きるための唯一の指針(導きの星)が「他者貢献」であり、世界は他の誰かではなく「わたし」が変わることでしか変わらない。 **実践指針** - 大きな困難や理不尽な災難に見舞われた場面では、「どうしてこんなことになったのか?」と原因論的に過去を振り返るのではなく、「これからなにができるのか?」を考えよ。 - 悲劇的な過去を持ち出して行動しない理由にしている場面では、それを言い訳にせず、いまなんらかの行動を起こせ。悲劇を肯定するのでも、その前で立ち止まるのでもなく、立ち向かえ。 - 自分の人生の意味がわからず迷っている場面では、他人や社会に「正解」を求めるのをやめ、自分で意味を与えよ。他者から与えられるのを待っている限り、迷いは終わらない。 - 自由に生きたい場面では、「他者貢献」という導きの星だけを掲げよ。この一点さえ見失わなければ、なにをしてもよいし、嫌われてもかまわない。 - 目標地点や将来の完成形を思い描いて焦る場面では、それをやめて、刹那としての「いま、ここ」を真剣に踊れ。真剣に踊っていれば、どこかにたどり着いている。 - 他人が非協力的だと感じる場面では、相手の協力を待たずに自分から始めよ。哲人の助言は「あなたが始めるべきだ。他の人が協力的であるかどうかなど考えることなく」。 - 世界が冷たく見える場面では、世界を変えようとするのではなく「わたし」が変わることに取り組め。世界を変えられるのは自分以外の誰でもない。 **根拠となる論理・たとえ話** - **カントの傾向性**: 悲劇の前で立ち尽くすのは、欲望や衝動に流される「傾向性」に従うことにすぎない。人間はそこに立ち向かわねばならない。 - **祖父の焼夷弾のエピソード**: 岸見(哲人)の祖父は戦時中の焼夷弾で顔面に大やけどを負った。理不尽きわまりない体験だが、その祖父は通院で電車に乗るたび他の乗客が席を譲ってくれたことから「人々は仲間であり、世界はすばらしいところだ」と語っていた。同じ出来事からどんなライフスタイルを選ぶかは自分次第、という実例。 - **導きの星(北極星)**: 旅人が北極星を頼りに旅するように、人生にも指針が要る。ただし掲げるべき星は一つ、他者貢献だけ。星さえ見失わなければ迷わない。 - **ダンスの比喩とエネルゲイア的人生**: 人生は連続する刹那であり、ダンスは踊っている「いま」が充実していて、目的地はいらない。過去も未来も見ず、完結した刹那を真剣に踊りきったときにこそ「どこか」に到達している。 - **近視と眼鏡の比喩**: アドラーを知ってわたしが変われば、世界は初めて眼鏡をかけたときのように輪郭も色も鮮やかになる。世界のすべてが一度にクリアになるのではなく、視界の一部がクリアになる。 - **「10年前に知りたかった」への反論**: それは違う。「いまのあなた」に響いているからこそそう思うのであり、10年前のあなたに響いたかは誰にもわからない。 - **青年の転向**: 長年アドラーを信じてきた哲人に対し、青年は「わたしの力は計り知れないほどに大きい」と言い直し、「明日のことなど見えないくらいに、いま、ここが強烈に輝いている」と述べて対話を終える。 **キーワード** - **一般的な人生の意味はない**: 人生にあらかじめ備わった普遍的な意味は存在しない、というアドラーの立場。だからこそ意味は自分で与える。 - **人生の意味は、あなたが自分自身に与えるものだ**: アドラーの言葉。意味の付与者は自分であり、他者ではない。 - **導きの星**: 自由に生きるための唯一の指針。その中身は「他者に貢献するのだ」という感覚。 - **他者貢献**: 他者に貢献しているという主観的な感覚。これがあるかぎり、嫌われようとなにをしようと幸福でいられる。 - **エネルゲイア的な人生**: 過程そのものが結果とみなされる、いまこの瞬間で完結した運動としての人生(対義は目的地に向かうキーネーシス的な人生)。 - **刹那としての「いま、ここ」**: 人生は点の連続としての刹那であり、真剣に踊るべきはこの一点だけ。 - **ライフスタイルの選択**: 同じ出来事に遭っても、世界を敵とみなすか仲間とみなすかは自分が選んでいる(祖父の例)。 - **世界とは「わたし」が変わることでしか変わらない**: 世界の見え方を変えられるのは自分だけであり、他者が変えてくれるのを待つのは他者依存。