# 第四夜(後半)「世界の中心はどこにあるか」【仮タイトル】
> part2から続く章。分冊3の冒頭(p.1、Kindle位置60%)は第四夜の小見出し「あなたは世界の中心ではない」から始まっており、夜のタイトル扉はpart2側にあるため未確認。ここでは仮タイトルを置く。この章はpart3のp.19(73%)で完結する。
> 収録された小見出し: あなたは世界の中心ではない/より大きな共同体の声を聴け/叱ってはいけない、ほめてもいけない/「勇気づけ」というアプローチ/自分には価値があると思えるために/ここに存在しているだけで、価値がある/人は「わたし」を使い分けられない
## 中心主張
共同体感覚とは、「わたし」への執着(self interest)を「他者への関心」(social interest)へ切り替えることで得られる所属感である。所属感は生まれつき与えられるものではなく、自ら共同体にコミットして獲得していくものであり、その入口は「この人はわたしになにを与えてくれるか」ではなく「わたしはこの人になにを与えられるか」と問い直すことにある。そして他者との関係は縦(評価・操作)ではなく横(対等)でなければならず、ほめることも叱ることも縦の関係の産物として否定される。
## 実践指針
- 他者と接する場面では、「この人はわたしになにを与えてくれるのか」ではなく「わたしはこの人になにを与えられるか」を先に問え。所属感は与えられるのを待つのではなく、自分の足で踏み出して獲得するものだと考える。
- 目の前の共同体(学校・会社・家庭)で居場所を失いそうな場面では、「もっと大きな共同体の声を聴け」。国家、人類、時代、生物全体という、より大きな単位から見て正しいかを判断基準にする。そこから見れば退学も転職も「コップの外に出るだけ」で済む。
- 対人関係のなかで困難にぶつかったときは、その関係が壊れることを怖れて自分を捨てるのをやめる。より大きな共同体を基準に異を唱えるべきときは唱える。関係が壊れることだけを怖れて生きるのは、他者のために生きる不自由な生き方である。
- 子どもや部下を育てる場面では、ほめるな・叱るな。「よくできましたね」も「えらいわね」も、能力のある人が能力のない人に下す評価であり、背後にある目的は操作である。
- 相手が課題に踏み出せずにいる場面では、介入(土足で踏み込み命令すること)ではなく援助(勇気づけ)をせよ。課題を分離したまま、本人が「自分にはできる」と思えるように働きかける。「馬を水辺に連れていくことはできるが、水を呑ませるのは本人」。
- 誰かが手伝ってくれた場面では、ほめる言葉(評価)ではなく「ありがとう」「助かったよ」「うれしい」という感謝・尊敬・喜びの言葉を返せ。人は感謝されて「自分は誰かの役に立っている」と実感し、そこではじめて自分に価値があると思える。
- 家族や身近な人を見るときは、「行為」のレベルで判断せず「存在」のレベルで見よ。理想像から減点するのではなく、ありのままの姿にゼロから加点していく。寝たきりの老人も、なにもしていない子どもも、存在しているだけで価値がある。
- 相手が上司・目上であっても、意識の上では対等であると考え、主張すべきは堂々と主張せよ。命令に従った結果失敗したなら、その責任は命令した上司にある。「断る余地がない」と思い込むのは、責任を回避するための人生の嘘である。
- 対人関係は使い分けられないと心得よ。誰かひとりとでも縦の関係を築いているなら、すべての関係を縦で見ている。まずは誰かひとりと横の関係を築くところから始める。
## 根拠となる論理・たとえ話
**世界地図と地球儀**:フランスの世界地図では中国が右端に追いやられ、中国の地図ではアメリカが右端にある。世界を恣意的に切り取った平面図では自分が中心に見えるが、地球儀にすればどの場所も中心でありながら中心ではない。「あなたは共同体の一部であって、中心ではない」。
**王子様・お姫様**:「わたし」への執着が強い人は、他者を「わたしの期待を満たすために生きている存在」とみなす。期待が満たされないと「あの人は仲間ではない、敵だった」と裏返る。
**コップのなかの嵐**:小さな共同体(学校・会社)に閉じこもると、そこでの苦しみが世界のすべてに見える。世界の大きさを知れば、それが「コップのなかの嵐」だったとわかる。
**ほめる=調教**:ムチ(叱る)とエサ(ほめる)は、対象に芸を仕込む点で同一のアプローチ。どちらも縦の関係を象徴し、背後には操作の目的がある。「えらいわね」と言うとき、無意識に相手を自分より低く見ている。
**専業主婦を罵る男性**:「誰のおかげで飯が食えると思っているんだ」は、経済的優位を人間的価値の優位とすり替える縦の関係の典型。役割が違うだけで、関係は「同じではないけれど対等」。
**優越コンプレックスと劣等感**:劣等感は縦の関係のなかから生じてくる意識。横の関係を築ければ、劣等コンプレックスが生まれる余地はなくなる。
**交通事故のたとえ**:意識不明の重体になった家族に「なにをしたか」など考えない。ただ生きていてくれることに感謝する。これが存在のレベルの発想であり、極限状態でのみ真ではなく日常もまた同じである。
## キーワード
- **共同体感覚(social interest)**:他者を仲間と見なし、そこに自分の居場所があると感じられること。アドラー心理学の鍵概念であり、対人関係のゴール。共同体の範囲は家庭・会社を越えて国家・人類・宇宙・過去未来・無生物にまで及ぶ。
- **所属感**:「ここにいてもいいんだ」という感覚。生まれながらに与えられるものではなく、人生のタスク(仕事・交友・愛)に自ら踏み出すことで獲得する。
- **より大きな共同体の声を聴け**:目の前の小さな共同体のコモンセンス(共通感覚)ではなく、より大きな共同体の原則で判断せよという行動原則。
- **横の関係/縦の関係**:「同じではないけれど対等」な関係が横。評価・操作・上下を含む関係が縦。アドラー心理学は縦の関係を否定し、すべての対人関係を横にすることを提唱する。
- **勇気づけ**:横の関係に基づく援助。課題を分離したうえで、本人が自力で課題に立ち向かえるよう「自分にはできる」という自信を持てるように働きかけること。ほめる/叱るの対極にある。
- **介入と援助**:介入は課題を分離せず土足で踏み込んで操作すること。援助は課題を分離したまま自力での解決を支えること。
- **行為のレベル/存在のレベル**:なにをしたかで人を見るのが行為のレベル、ここに存在していること自体を喜ぶのが存在のレベル。勇気づけは後者から出発する。