# 第25発 痕跡——わたしは書き残す。あなたが読み解く。
**中心主張**: 書き言葉(エクリチュール)は話し言葉(パロール)に比べて情報量が圧倒的に少ない、やせ細った代物である。しかしその貧しさこそが本質だ。パロールは場を支配するが、エクリチュールは読者がいなければ作動を開始しない——支配を拒否する。書いた時点でテクストは作者のものではなくなり、新しい読者が新しい意味を、ときには創造的な誤読を付け加えて太くなっていく。だからいい文章とは分かりやすい文章ではなく、すきまのある、飽和され得ない、誤読の種を孕む文章=再読できる文章である。
**実践指針**:
- **「分かりやすい文章」を目標に置くな**。誤解を与えないためだけに書かれた文章の典型は法律であり、それは「いい文章」では絶対にない。とても読めたものではない代物だ。
- 書く場面では、**すきまを残せ**。読み手が意味を付与し、読み直し、読み増しできる余白を作る。飽和させない。
- 誤読を恐れるな。**創造的な誤読の種を孕む文章を書け**。テクストの「運動」に、書き手は異議を唱える資格がない。
- 書き終えたあと、読者の解釈に**異議を唱えるな**。書いた時点でテクストは作者のものではなくなっている。
- 「ああも読めるし、こうとも読める」という**太さ**を持たせろ。太さがなければ、繰り返して読む気はしない。いい文章とはつまるところ、**再読できる文章**だ。
- 書くときは、**常套句で曇った眼鏡を外し、自分だけの目で見る**。匂いを吸い込む。風の歌を聴く。文章を書くとは、いままで見えていなかった世界を切り開くことだ。
- 同時に、**書いた瞬間に見えていたものが見えなくなる**ことを引き受けろ。確固とした自信をもって書いたその文章が、完璧などではあり得ない。
- 情報量の少なさを自覚せよ。**情報量が少ないことを認識していない人間が、凶器となり得る言葉を振り回している**のがツイッターやSNSだ。
**根拠となる事例・考え方**:
- 古来、人間は「ほんとうの真理は書き言葉ではなく話し言葉で、対面による伝達で伝えるべきだ」と考えてきた。**タレス**(世界最初の哲学者)は文字を残さなかった。**ピタゴラス**も弟子は多かったが書き言葉を残さなかった。**ソクラテス**も書物を残さず、『ソクラテスの弁明』ほかは弟子のプラトンが書き言葉に起こしたもの。18世紀フランスの**ルソー**も「書き言葉は偽物で、話し言葉こそが真実」という考え方をもっていた。
- 現代のわたしたちは逆に見える——口約束はあてにならない、「愛している」というあなたの言葉はあてにならない、紙に書いてはんこを押して役所に提出してくれ、と言う。しかしよく考えると、書き言葉のほうがはるかに貧弱な"道具"である(著者はここで「あえて言葉を道具と誤表記している」と断る)。
- **情報量の階段**——対面して話す → 電話で話す → 手紙でやりとりする → Eメールで連絡する、の順に情報量は少なくなる。「愛している」と目を見つめながら言うのか、目が泳いで小声なのか、読み手には分からない。アクセントも抑揚も身ぶり手ぶりもない。手紙にはまだ便箋・封筒の選択、鉛筆か万年筆か、筆圧といった文章内容以外の情報があるが、インターネットの文章は情報が最も少なく、表情がきわめて平板だ。
- **パロールの暴力の実例**——著者は九州の山奥から博多へ高速バスで出るが、乗車後十分の車内アナウンス(シートベルト、携帯電話、全席禁煙、到着時刻、延着のおわび)が録音の女声と運転手のマイクで二度繰り返されるのが「拷問」だという。バスに乗るとすぐイヤホンでグレン・グールドを大音量で流す。iPodを忘れた日は指で耳を強くふさぎ下を向いてこらえる。定食屋のテレビ音声が許容範囲を超えていたら、財布を忘れたふりをして店を出る。
- **パロールの第一の眼目は注目を集めること**。生まれたばかりの子供が「お母さん聞いて!」と声を張り上げるように、権力欲から自由な人間はいない。だれでも場を支配したいと望んでいる。エクリチュールも「注目されたい、ベストセラーになってくれないか」と思って書かれている点は同じ(この本も例外ではない)が、**相手=読者がいないと作動を開始しない**点が決定的に違う。
- 私塾での問答——深夜、酒が進むと「いい文章とは、なにか?」と若者に問いかける。「分かりやすい文章、でしょうか?」とおずおず答えると、「では『分かる』とはどういうことだ」「**わたしの言っている〈意味〉は、本質的には他者には分からない。それが言語ゲームの本質ではないのか**」と追い打ちをかける。
- ジャック・デリダ **"Il n'y a pas de hors-texte."(テクスト—外はない)**。
- 完璧な文章は存在しない。瑕疵のない、どこからどう解釈しても正しい文章は、どんな天才が書いても存在し得ない。エクリチュールは書き手が「完全だ」と思って書き終えたところで閉じるのではなく、そこから**動いていく**。作者でさえその動きを固定できない。
- 読者が読むとき、作者はその場にいない。死んでいて、この世にさえいないかも知れない。**それでも書き言葉は生命を持ち得る。読者がいれば、文章は死なない。いや、死ねない。**
- 章末の対句——「文章は、見えなかったものを見えるようにすること」「文章は、見えていたものを見えなくすること」。**このふたつは、じつは同じことを言っている**。すべては変わる。世界にとどまるものはなにひとつない。恐れることはない。変わることに身をゆだねよ。そして本編最後の一行が「**文章を書くとは、迷路を創ることである。**」
**キーワード**:
- **エクリチュール(écriture)**: 書き言葉。情報量が圧倒的に少ないのが特性。読者がいないと作動を開始せず、場を支配しない/できない/支配を拒否する。
- **パロール(parole)**: 話し言葉。場を支配する。第一の眼目は注目を集めること、注視してほしいということ。
- **痕跡(trace)**: 読み手がテクストに残した足跡。書き言葉とは痕跡のことであり、読み方・意味が付与され、読み直され、読み増しされ、けっして飽和され得ない。
- **テクスト—外はない**: デリダ。書いた時点でテクストは作者のものではなくなり、読者のものになる。書き手はテクストの運動に異議を唱える資格がない。
- **創造的な誤読**: 新しい読者が付け加える新しい意味。テクストを太くするもの。避けるべき失敗ではなく、書き言葉の本質。
- **いい文章**: すきまのある文章、飽和され得ない、誤読の種を孕む文章。つまるところ、再読できる文章。