# 第23発 言葉、とは——言葉は道具ではない。
**中心主張**: 多くの人は「確固とした自分の思想や感情がまず在って、言葉はそれを表現するための道具だ」と思っているが、そこに根本的な錯誤がある。まだ自分の言葉になっていないもののために言葉を探す、それが〈考える〉ということの実態であり、考え抜いた末に言葉は自分の外部から降りてくる。それを著者は mojo(まじない、魔術)と呼ぶ。だから書く前に答えが分かっている文章(逆三角形・ピラミッド形)はつまらない。真っ暗闇のなかで第一稿を吐き出し、内なる悪魔と戦い抜いた者にだけ、女神が訪れる。
**実践指針**:
- 書き始める場面では、**〈答え〉を持たずに始めろ**。答えがすでにあるものを書き直す意味はない。それはクイズであり、なぞかけであり、とんちだ。
- 逆三角形(5W1Hを頭に置く新聞形式)とピラミッド形(釣ってクリックさせるネット形式)は、生活のために書くことはあっても、**なるべく自分の周囲から遠ざけて暮らせ**。どちらも答えが分かっている点で同じ三角形だ。
- 第一稿を書く場面では、**文章の良し悪しも語彙もスタイルも構成も一切考えるな**。頭の中にあるものを全部、大急ぎではき出す。夢が醒めないうちに。正気に戻ったら、無意識の奥底に沈んでいた発想はもう現れない。頭蓋をひっくり返して振れ(自動書記法)。
- 書籍なら**第一稿は最終稿の1.5〜2倍**(400字詰め原稿用紙で400〜500枚)を書く。
- 第一稿で「わたしのいましている仕事にはなんの価値もない」と思っていたら、**安心していい。それが常態だ**。
- 第二稿では、**とにかく意味の通じる日本語に直す**。夢の中のたわごとを常人が理解できるレベルに〈翻訳〉する作業だと割り切る。自己嫌悪に陥りながら直す。
- 第三稿で**初めて紙に印刷する**。印刷した文字を読み、ペンで修正箇所を入れる。
- 第三稿では**グルーヴ感(第18発)だけに専念する**。全体を読み通して、グルーヴが感じられる箇所があるか。あればそこが肝であり、全体を貫くキー=通奏低音になる。グルーヴが出ていない箇所は大幅に作り直す。波、風、坂を、創る。
- 「常套句をなくす」(第4発)「擬態語・擬音語をのぞく」(第5発)「省略を生かしてスピード感を出す」(第16発)は**第四稿・第五稿の仕上げ(やすり)**でやる。第三稿でここに手をつけるな。
- 内なる悪魔(「わたしは書く資格がない」等)が現れたら、それは**書いている最中に頻繁に現れるもの**だと知っておく。悪魔に立ち向かった者だけがライターになり、作家になる。
- 女神に居場所を伝えるため、**決まった時間に決まった場所で文章と格闘する**(第20発)。
- 完成稿間近でも、**グルーヴが「まだ先を指している」と感じたら結論を書き換えろ**。力を出し切っていないのではないかと疑い、考え込む。
**根拠となる事例・考え方**:
- 冒頭はマディ・ウォーターズのシカゴブルース "Got my mojo working, but it just won't work on you / I wanna love you so bad till I don't know what to do"。美貌も地位も歌も手練手管も通じない相手に死ぬほど惚れた色男が、mojo の秘密を知るジプシー女を訪ねてはるばるルイジアナまで出かける歌。
- ミシェル・フーコー——「本を書き始める前に、自分が何を書くか分かっていたら、その本を書く意味などない」。
- **内なる悪魔のリスト**(著者が列挙する自己否定の声):わたしは作家ではない、偽物だ/ただの記者だ、会社員だ、主婦だ、フリーターだ、書く資格などない/わたしの書くものになんの価値もない/だれも興味を持たない、読んでもだれも喜ばない/わたしより○○のほうがすぐれている/わたしはなにを書きたいのか分からない/わたしは、だめだ。
- ある詩人は、眠っているあいだ部屋のドアに**「詩人は仕事中」**という札を下げた。夢をすぐ忘れてしまうように、第一稿の発想も逃げる。
- 第一稿=**「夢の残骸」**はひどいもので、自らの吐瀉物を見ているような気がする。それを直す第二稿は気が滅入る作業だが、第二稿で意味を通していくと「なかなかおもしろいことを書いているのではないか」と思えるかたまりが数箇所ある。**創作の女神は、裏切ることがない**——わたしたちが真剣で、嘘をつかず、たゆまず、誠実に書き続けていれば。
- グルーヴの体感の比喩——サーフボードに乗って大波に押されている。バイクで山道を走り風と一体になっている。自転車で坂道を下りペダルをこがずに車輪が動く「フリーホイーリン」の感触。
- **これは比喩ではない**、と著者は念を押す。波は潮力、風は気圧、坂は重力。じっさいに体で感じられる「力」であり、しかも自分以外のどこかから来る**外部の力**だ。だから「言葉は道具ではない」。
- 著者自身の実例——『おいしい資本主義』執筆時、最終章の結論は「世界はどちらの方向へ向かおうが、良くも悪くもなりはしない。世界は常に醜く、人生は生きるに値しない」だった。じじつ今もそう思っている。しかし完成稿に近い300枚を読み返すと、グルーヴがこの結論で終わることを拒否していた。**三日間考え込んだ**末に出てきたのは「世界が変わらないなら、自分が変わればいい。転がる石になってやれ」という、セリーヌの小説やローリング・ストーンズ、ボブ・ディランに導かれた言葉だった。抜き書き帳の直接的な効用(第21発)でもあるが、いまでも「自分が書いたのだとは思っていない」。
- 書くとは、**自分がなにを書けるのか確信が持てない底なしの不安のなか、わずかな可能性に賭けるほとんど自暴自棄のギャンブル**である。捨てばちなロシアンルーレットの撃鉄を起こし、引き金を引くそのあわいに、mojo は働き始める。
**キーワード**:
- **mojo(モジョ)**: まじない、魔術。いまだ言葉になっていないものを言葉にしようと考え抜いた末に、まるきり別の方角から降りてくる力。呼び出されるもの。「言葉は mojo である」。
- **グルーヴ**: mojo を乗せるべき波であり、風であり、重力。第三稿で最優先すべきもの。
- **逆三角形/ピラミッド形**: 新聞の書式(重要な要素を前へ、後ろは削られてもいい)/ネットの書式(最初に釣って「続きを読む」をクリックさせる)。どちらも答えが先にある点で著者は退ける。
- **内なる悪魔/創作の女神**: 書いている最中に頻繁に現れるのは女神ではなく悪魔。悪魔と戦い抜いた者にだけ女神が訪問する。
- **夢の残骸**: 何も考えずに吐き出した第一稿の呼び名。
- **自動書記法**: 頭蓋をひっくり返して振るように、無意識の断片をそのまま書き出す第一稿の方法。
- **〈考える〉**: まだ自分の言葉になっていないもののために、言葉を探すこと。