# 第22発 文章、とは——良く生きる、善く生きる、好く生きる。
**中心主張**: 文は人なり。文章にはその人の性格・感情・知能・来歴・性癖・おっちょこちょいまで一切合切が出てしまう以上、いい文章を書くには、まずいい人になるしかない。そして「いい人」とは、汗で書く生活者であり、自分を律して他者を憐れむ善人であり、だまされやすいお人好し(好人物)である。その三つを合わせて著者は「良く生きる、善く生きる、好く生きる」と呼ぶ。加えて、書き手が磨くべきは一刀両断の正義の剣ではなく、読んだ者を恥じ入らせるユーモアであり、愚劣な世界に「おもしろさ」を発見する感性の鋭さである。
**実践指針**:
- 書く前に、まず**その日を良く生きろ**(生活者であること)。表現より生活が先。存分に生きて、汗で書け。
- **自らを律する道徳をもて**(善意の人であること)。他者に親切であれ。いじけるな。自分を憐れむな。
- **信じやすいお人好しであれ**(好人物であること)。騙すな。騙されていろ。ただし目をくらますことはできない。
- 恥じらいがない場面では書くな。**シャイネスのない人間は、ものなど書かなくていい**。控えめ・慎み・照れ・畏れを持て。ノイジーな世界に、がさつな文章はもう十分ゆきわたっている。
- 義憤にかられて書く場面では、**「その文章をだれに読ませたいのか」を先に問え**。政権批判なら、もともと批判的な読者ではなく、なんとなく支持している人・判断がつきかねている人・確固として支持している人にこそ言葉は向いているはずだ。
- 嘲り・説教・一刀両断の正義を原稿に持ち込むな。**ほんとうに読んでほしい想定読者は、そこで耳をふさぐ**。どんなに弱い波動でも、対岸に伝わる波でなければ、文章は文章として意味をなしていない。
- 相手を撃つ場面では、剣ではなく**笑い(ユーモア)を武器にせよ**。糾弾調をやめ、大まじめに問うことで「笑えた」という感想を引き出す。
- 「もとは思えない茶番」に対しては、**まなじりを決して指弾しない**。それが文章として効果的かどうかを基準にする。
- おもしろいものが見当たらない場面では、**探すのではなく発見する**。おもしろさは世界に転がっているのではなく、書き手が見つけ出すものだ。
- 毎日勉強を止めるな。ここでいう勉強とは、**言葉を鍛えること、表現を鍛えること、感性を鍛えること**である。
**根拠となる事例・考え方**:
- 太宰治「一つの約束」——難破して怒濤に巻き込まれ、燈台守の夫婦とその幼き女児の団欒を窓の内に見てしまい、「助けて!」の声が喉まで出かかって一瞬戸惑う遭難者。太宰の文章はそこで「ああ、いけねえ」と戸惑う。なぜ戸惑うのか。そこにあるのが**シャイネス**である。
- 著者が親しく付き合ってもらっている思想家に、酒の勢いで「なぜそんなことが可能なのか」と問うてしまい、しばらく経ったあと唐突に返ってきた答えが「まあ、よく生きることだね」。この一言が本章(および本書のサブタイトル)の核。
- 橋下徹氏が大阪市長だった時代、懇意の民間出身校長が卒業式で君が代を斉唱しない教員を口元チェックで調べた事件。「当然だ」とするサンケイ的論調と「思想信条の自由の侵害」と糾弾するアサヒ的論調が対立するなか、著者は校長のへつらい根性を「おぞましいというより漫画的で、バルザックの人間喜劇のよう」と捉え、**AKB48はなぜユニゾンで歌うのか/日本で斉唱はいつ始まったのか/軍隊で君が代は歌ったのか**という出だしで大まじめに問う記事を書いた。糾弾調はひとつもなく、「笑えた」という感想を多くもらった。
- 吉田兼好『徒然草』「雪のおもしろう降りたりし朝」——鎌倉時代の粗末な庵で早朝の寒気は震え上がるだけのもので、雪の朝を「おもしろい」と思う者などいなかった。それは兼好が**〈発見〉した**おもしろさである。
- 「おもしろし」の語源——冬の朝、森閑と静まりかえった庭が真っ白になり、庭から遠くの山までひとつながりに見晴るかせる。冷気が胸に入り、気持ちが開ける。**目の前が広々と開けること、周囲が明るくなること**を、古来日本人は「おもしろい」と表現した。
- 『易経』「天行健なり。君子、以て自ら強むることやまず(天行健。君子以自強不息)」——太陽や月、天体の星々が毎日毎晩あきもせずに空を経巡るように、君子は勉強をやめてはいけない。
- 「おもしろきこともなき世をおもしろく」という歌があるが、**そもそも「おもしろきこともなき世」が常態**である。世界は愚劣で、人生は生きるに値しない。世界はあなたのために生まれたのではなく、宇宙はあなたを中心に回っているのではない。だからこそ人類は表現を発見する必要があった。歌や踊りやものがたりが人類創世以来一度も絶えたことがないのは、人間が表現を必要とする生物だからだ。
- 微笑について——嘲笑であってはならない。がんじがらめの論理から、肉体的な危険から解放されたときにふともれるほほえみ。盧舎那仏のようなアルカイックスマイル、モナリザのような微笑。**微笑は、あらゆる表現の中点である。動物は、笑わない。**
**キーワード**:
- **文は人なり**: 文章とは人そのもの。性格・感情・知能・来歴・性癖・趣味・おっちょこちょいもしみったれも、一切合切が出てしまうもの。
- **シャイネス**: 控えめ・慎み・照れ・畏れ。これを欠く人間は書かなくていい、と著者が断じる書き手の必要条件。目指すべきは「相手の人間らしさ、シャイネスの彼岸に届く文章」。
- **良く生きる/善く生きる/好く生きる**: 生活者であること/善意の人であること/好人物であること。本書のサブタイトル〈善く、生きる〉の内実。
- **おもしろし**: 目の前が広々と開け、周囲が明るくなること。〈funny〉と〈interesting〉の両方を含む。おもしろきこともなき世におもしろさを**発見する**のが表現者であり君子である。
- **君子**: 屈託がなくおおらかで、おっとりと、他を攻撃しない人。「ライターは、君子たるべきだ」。
- **メディア=媒介**(第15発の再掲): 弱い波動でも対岸に伝わる波でなければ、文章は意味をなさない。