# 第20発 時間管理・執筆環境——いつ書くか、どこで書くか。
**中心主張**: 「好きなときに、暇なときに書けばいい」では、一年以上同じものを書き続けることはできない。書く時間と書く場所を**あらかじめ決めて習慣化する**——それは、創作の女神に「わたしは毎日この時間帯、この場所にいます」と通知しておく行為だ。女神は必ず訪れるが、迷わせてはいけない。そして「書く」と「読む」はセットである。ライターは毎日最低二時間、四ジャンルの課題図書(日本文学・海外文学・社会科学あるいは自然科学・詩集)を読む。時間はないものではなく、**創るもの**だ。
**実践指針**:
- 執筆の場面では、**時間帯を先に決める**(何時から何時まで)。その間はドアを閉め、部屋に閉じこもり、たとえ一行も書けなくても、とにかく机に座って何かを書こうとする。
- 決めた時間帯・場所を**毎日変えない**。「今日はここ、明日はあそこ」ではいけない。女神が迷う。習慣化させる。
- 書く場所を作る場面では、大事なのは**ドアを閉めること・世界を遮断すること・ネットを切断すること**。猫さえ入れない。猫は仕事をすると必ず邪魔しに来る。
- 立派な書斎を求めない。台所の小机でいい。生活の言葉で、汗で書く。「あってもなくてもどうでもいいもの」に命を賭けるのが表現だから、生活の中で書く。
- 読む時間を確保する場面では、**毎日最低二時間**。内訳は課題図書に一時間、好きなもの(ベストセラー・漫画・BL・ラノベ・仕事上の資料でも可)に一時間。
- 課題図書は四ジャンル: ①日本文学 ②海外文学 ③社会科学あるいは自然科学 ④詩集。四種一時間、つまり**各ジャンル一日十五分ずつ**を必ず読む。
- ①②はできれば古いもの(古典)から順に読む。結局は理解が早い。③もできれば古典から。
- 十五分単位にする理由: これ以上短くすると断片に過ぎて大きな固まりの論理・叙情を理解できなくなる。十五分あれば、日常のすきま時間・食事・入浴・トイレ・通勤時間で捻出できる。一日わずか十五分でも、プルースト『失われた時を求めて』さえ一年で読了できる。
- 忙しくて読めないなら、始発電車で行く。人と一緒に昼飯を食うのをやめ、食べながら読む。毎日、風呂で十五分読む。**時間は創るもの。創りかたは、あなたにしか分からない**。
- いいわけを考えていると、短い人生は一瞬で終わる。時間だけは、誰に対しても平等だ。
**根拠となる事例・考え方**:
- バルザックは夜中に書くと決めていた。デビュー作出版は三十代前半。午前二時ごろになると弟子をたたき起こして叱った——「きみはまだ夜に眠るという悪習を抜け出せないな。夜は文章を書く時間だ。さあ、早くコーヒーを飲んで、書き始めるんだ」。明け方まで、僧衣に身をつつみ、弟子に口述筆記させた。
- 著者自身はずっと朝型。新聞社の仕事を終えた夜の十二時ごろ風呂と夕飯を済ませると、明け方まで書く場所も時間もなかった。昼は新聞社の仕事、夕方からは美術館・ギャラリー・ライブ・ミュージカル・芝居——見るもの聴くものがすべておもしろく、寝る時間がもったいない。だから長い書き物は朝早くに起きてするよりほかなかった。一、二時間だけ、集中して書く。
- 東京郊外に住んでいたので原稿が難所にさしかかると真夜中に近所のニンジン畑を散歩した。ニューヨークに移って二冊目を書き始めてからはずっと朝型。だんだん起きる時間が早くなり、最初は朝六時だったのが五時に、四時に。仕事が終わらないから起きる時間が早くなる。五十代で午前一時起きになり、塾生に「そりゃ早起きしちゃうで、夜更かしや」と笑われた(作家の町田康の話)。
- 創作の女神は、**必ず、訪れる**。忘れっぽい人間とは違い、不義理はしない。裏切らない。参加者には全員に、必ず、例外なく、もってきてくれる。外れ券はない。長いものを書いていると九割は苦しいが、ある一瞬「なんだこれは」と自分で驚くようなオリジナルなアイデアが天から降りてくる。
- スティーヴン・キングは、売れるまではトレーラーハウスの小机で書いていた。立派な書斎を持ちたいと願いながら、苦しい創作を続けていた。『キャリー』が大ヒットして念願の書斎(書棚、マホガニー製の大机、重厚な椅子)を手に入れた。そこでキングは何をしていたか——**飲んだくれていた**。マホガニー製の机につっぷして寝る。来る日も来る日も酒に溺れる。映画『シャイニング』でジャック・ニコルソンが演じた作家("船長")は、まるで舵を失った船の船長のようであった、とキングは回顧している。「たかがもの書き風情」が、マホガニー製の大机で文章など書くとどうなるか。**他山の石とすべき。生活の中で書け。文章は、汗で、書け**。
- 「書く」は広い意味で「読む」も含んでいる。水面下でボートのオールを力いっぱい漕ぎ、水面から出して空中を返翼する。**書くことと読むことは、つねに一体**。
- 課題① 日本文学——「犬にならないために」: 国語の教科書から漱石や鷗外ら日本語を分かるようにする作家を追放しようという動きがある。これは支配層の立場から見れば当然で、契約書の日本語を分かるようにする方針。**学校は、国家に有為で、企業に便利な人材(=材料としての人間)を作る"工場"**。国家は資本の番犬である。国家や資本が求めるのは、働いて納税し、自ら作った商品を買い戻す消費者。**表現者は、そういう本を手にして、国語教科書の逆をゆく**。
- 課題② 海外文学——「『愛』を知るために」: セルバンテス、ボッカチオからゲーテ、ディケンズ、バルザック、ドストエフスキーら十九世紀小説の爛熟期まで。翻訳で読むのだから語彙や文体ではなく**世界の見方、切り取り方、認知能力を学ぶ**。「愛」も「哲学」も古来日本にはなかった、西洋から輸入された概念。世界の認知の仕方を増やすことが、もの書きにとって必須の鍛錬。
- 課題③ 社会科学・自然科学——「違う物差しで測るために」: 法学、政治学、経済学、社会学、文化人類学、数学、物理学、生物学をかじっていない文章は骨格が弱く、土台がゆるく、足腰が弱いから遠くまで歩けない。長い時間もたない。すぐに腐る文章になる。村上春樹の初期作品集を読めばすぐ分かる——軽妙で新鮮な、読みやすい文体で世に出たが、少し注意すればマルクス・ハイデガー・ヘーゲルらスーパーヘビー級の思想家と作家は格闘している。**数学は、ひとつの言語**。表現形式をきわめて厳格にした言語=物差しをもって世界を測る。世界の認知の仕方を増やすことが、表現者の仕事だ。
- 課題④ 詩集——「遠く羽ばたくために」: 万葉集や唐詩選ばかりではない。Jポップの歌詞集でも、SNSの短歌でもよい。**散文とは、論理**(A=B、B=C、よってA=C)。数学は前提条件(公理、公準)を共有すれば誤解の余地が生じない代わりに、端的に読みにくい。**詩には〈断層〉があり、〈飛躍〉があり、デリダのように〈差延(ディファランス)〉と言ってもいい**。詩は各行すべてが断層で成り立っている。イメージのジャンプがある。空気がよどむ文章に、空気を入れる。ときをおいて読み返すとまったく違う印象をもちさえする。
- 古典の名リスト: 「新潮文庫の100冊」などは自社製品の宣伝パンフレットなので注意(漱石や鷗外、トルストイやスタンダールやトーマス・マンの作品を一つもあげていないリストなど、考えられなくもない)。おすすめは**渡部直己『私学的、あまりに私学的な』(ひつじ書房)巻末リスト**、**柄谷行人や浅田彰らによる『必読書150』(太田出版)**が決定版。海外文学は**京都大学文学部が「西洋文学この百冊」をインターネットで公開している**(巻末にURL掲載)。**桑原武夫『文学入門』(岩波新書)巻末リスト**(海外文学の古典五十点)が著者のもっともおすすめ、たいへんバランスの取れたリスト。
- 古典のリストは「好みのものでなんでもいい」ではない。プロである以上は最低限の筋トレだ。塾ではリスト掲載作品を片端から買い集め、片端から読ませ、苦行に似たトレーニングを課している。
**キーワード**:
- **創作の女神(ミューズ)**: 決まった時間・場所で書き続ける者のもとに必ず訪れる存在。「わたしは毎日この時間帯、この場所にいます」と**通知**しておく必要がある。
- **習慣化**: 時間帯と場所を固定すること。女神を迷わせないための最重要条件。
- **課題図書(四ジャンル)**: ①日本文学 ②海外文学 ③社会科学・自然科学 ④詩集。各十五分ずつ、合計一時間。
- **〈断層〉/〈飛躍〉/〈差延〉**: 詩の構造。論理(散文)にはない、イメージの跳躍。
- **汗で書く**: 立派な書斎ではなく、生活の場・生活の言葉で書くこと。