# 第18発 グルーヴ感【3感・其の三】——推敲でサウンドチェックする。 **中心主張**: 形容詞と安易な比喩は、書き手の思考停止であり感覚を削ぐ。形容詞は一文にひとつだけに絞り、代わりに**事実を書く**。比喩は既成の常套句に頼らず、〈このわたし〉の体の内側から湧いてくるまで待つ。そして書き上げた原稿は最低六回、印刷して読者と同じ状態で音読・推敲し、**流れるように読めるか=グルーヴが出ているか**をサウンドチェックする。媒体(新聞・雑誌・本・ネット)ごとにグルーヴは違い、複数のグルーヴを持てることは人生をカラフルにする。 **実践指針**: - 形容詞を使いたくなった場面では、**一つの文にひとつだけ許す**。「美しい花だの美しい海だの」と書かれると、それ以上読みたくなくなる。極端には、形容詞を全部やめてもいい(連体修飾語・連用修飾語を含む広義の形容語も同様)。 - 「スリリングな映画」と書きたくなったら書くな。**事実を書け**。伏線の張り方、登場人物の視線、物陰の気配、音楽、カット割り——それに気づいたことを積み重ねて書き、そこから一挙に落下するようなあの感覚を読者に伝える。 - 「手に汗握る」「思わず」のような常套句・夾雑物は削る。文章がすべる感覚を削ぐ。 - 比喩を書く場面では、**〈このわたし〉が体験して体の内側から湧いてきたものだけを使う**。湧いてくるまで待つ。時間を味方につける。 - オリジナルな比喩が出てこないなら、ぶっきらぼうな正直さの方がよほどいい。ただの「夜」でいい。すぐにばれるうそ(=常套句)を書くくらいなら、大きいうそをつけ。 - 比喩を作る場面では、まず**熱くなれ、そして冷たくなれ**。夢中になって自分だけの感覚を探しあて、そのあと自分を外に突き放して醒める。周囲が見えていなければ比喩は通じない。 - 読者を助走させるパスを一回出しておく。「すずがなるような」「ほしがふるような」の二回目・三回目で、読者は「きりんのことだろう」と予想がつく。長くて速いパスがすべて決まりんの「日曜の朝があけたような」というやや無理筋の比喩でも通る。 - 推敲の場面では、編集者に渡すまでに**最低六回は書き直す**(ひどいときは三十回以上プリントアウトして書き直す)。 - 推敲は**紙に印刷して**行う。印刷は縦書きで、新聞・雑誌・本それぞれのメディアにあわせて一行何文字というスタイルに整え、**読者と同じ状態で読む**。 - プリントした紙を**目から離す**。読むというより眺める。絵を見るように全体の色みを見る。黒っぽいところは漢字が多い=文章が詰まっている。漢字をひらがなに直す。合いの手のような文章を挿入し、読み手にひと呼吸させる。 - **小さく音読する**。流れるように読めるか。つっかえるところはないか。句読点の位置は適正か。 - 媒体ごとに書き分ける。新聞は一行十二文字前後——読者の目もきわめて短く上下している。**短い文章で、簡潔に、スピードをもって書く**。書籍は見開き三十行以上、一行三十字以上——目の上下運動もゆったりし、深く紫色の色調で、極端に長い文章、曲がりくねった論旨、ねじれ感、変拍子を挟む余裕がある。 - 新聞や雑誌で連載していた記事を、長いグルーヴの容れ物(書籍)に工夫なくそのまま収めない。ちぐはぐで、大波のエネルギーを体ごとさらわれる感じがしない。 **根拠となる事例・考え方**: - クレマンソー(「フランスの虎」、第一次世界大戦を率いて独墺に勝利した政治家、もとは新聞人)は記者たちに「とにかく簡潔で、事実だけを正確に書け」「どうしても形容詞が使いたかったら、一つの文にひとつだけは許してやる」と指示した——という逸話(著者は「記憶の改変か、落語みたいな話」と断り書きしている)。 - まどみちお「きりん」——「すずがなるような/ほしがふるような/日曜の朝があけたような/だれがつけたの?」。凡人はぐうの音も出ない、鋭利でそれでいて温かくわかりやすい比喩。 - 夏目漱石『門』——「冬の日は、短い空を赤裸々に横切って大人しく西へ落ちた。落ちる時、低い雲を黄に赤に竈の火の色に染めていった」。時間的短さを「空の短さ」という空間的短さに写像変換。アインシュタインの相対性理論を先取りしたような視覚・嗅覚・聴覚を総動員した比喩表現。 - 「夜のとばりが降りたころ」を全国紙記事で検索したら約1万5千人が使っていた。「裸足で逃げ出す」も同様。**陳腐であるだけでなく思考停止であるがゆえに、こうした比喩表現は罪深い**。「とばり=室内の仕切りにおろす垂れ布」と書いた人は、想像力が豊かで偉かった。 - 正岡子規『歌よみに与ふる書』——「嘘を詠むなら全くなき事、とてつもなき嘘を詠むべし、しからざれば……」。安直な猿知恵の嘘は、うそっぽくて安直だ。 - 書くことはフィジカルな活動。バスケットボールでいくらドリブルがうまくても、周囲が見えなければシュートまでいけない。パスコースが空いているか、味方はどこにいるか、瞬時に判断する——これは**空間認識能力**であり、文章も同じ。読者の少し前のスペースにパスを出す。 - 著者は「ヴ」を原則使わない(ラヴソング、ヴィヴィッド、ベートーヴェン……)。それが「うそ」だから。日本人でvならばヴ、bならばバ行と読み分けて発話している人はいない。ただしグルーヴだけは「グルーヴ (groove)」と書く——「グループ (group)」と読み間違えられることが多いから。**すべては変わる。状況によって、変える**。 - グルーヴとは「溝」。レコードの表面に彫ってある溝にレコード針がはまって音楽が流れ出す。溝にはまった演奏がいい演奏で、体が勝手に動き出す。音楽は運動であり、グルーヴが命。**のれる文章がいい文章だ**。 - 新聞記者から雑誌・書籍・ネットへと書く場を広げた最大の理由は、カネや名前を売ることではなく、**グルーヴ感の違い=文章の違いそのもの**に魅せられたから。「文章の違いとは、人間の違いである。人格の違いである。複数のグルーヴ感を持つ人は、複数の人格を持つ人だ。異なるグルーヴを持つということは、人生がカラフルになることを、直接的に意味する」。 **キーワード**: - **グルーヴ感 (groove)**: レコードの「溝」から。体が勝手に動き出す、のれる文章の感覚。 - **サウンドチェック**: 推敲を、演奏前の音響確認になぞらえた言い方。印刷して眺め、音読して流れを確かめる作業。 - **空間認識能力**: 比喩を成立させる、読者との位置関係の把握力。文章は肉体的能力に支えられた、運動に近いもの。 - **形容語**: 形容詞だけでなく、連体修飾語・連用修飾語を含めた広義の修飾語。ものごとの性質・状態を表す品詞。 - **夾雑物**: 「手に汗握る」「思わず」など、文章がすべる感覚を削ぐ余計な常套句。