# 第17発 リズム感【3感・其の二】——静かな文章でも話芸から盗める。 **中心主張**: 文章のリズムは、落語・浪曲・講談・歌舞伎・短歌・俳句・ヒップホップといった**パロール(話し言葉)から盗んで、エクリチュール(書き言葉)に移植する**もの。ただし言葉をそのまま写すのではなく、勢いを生んでいる〈構造〉——語の重複や繰り返しなど——を借りる。エクリチュールの武器は少なく、その本質は「間(ま)」であり、句読点・括弧類・改行という三つの静かな道具でリズムを刻む。日本語のリズムの基礎は「拍」であり、七五調の拍は狙って作るものではなく、書き手の内側から自然に湧き出るものだ。 **実践指針**: - リズムを学ぶ場面では、公立図書館で落語・浪曲・講談・小説や詩の朗読CDを借りまくる。気に入ったCDがあったら迷わず買う。**音楽で得たカネは音楽に返す。文学で稼いだカネは文学に返す**。文章を書く人が本やCD・ライブのチケットにカネを惜しむようになったらおしまい。 - 話芸を移植する場面では、言葉をそのまま直しても効果は上がらない。**〈構造〉をまねる**——「可笑しい」「滑稽しい」「怪しい」のように言葉を重ね替える、同じ言葉を数回続ける。 - 一般に禁則とされる「同じ言葉の重複」を、あえてリズムのために使ってよい。パロールでは勢いが出る手法だ。 - **句読点**でリズムを出す。句点は「まる」、読点は「てん」。書き上げたら音読し、句読点の間(読点の間より句点の間の方がわずかに長い)を確かめ、位置をあだやおろそかにしない。デスクに勝手に直されたら、知らぬ顔で元に戻す。 - **括弧類**を使い分ける。「」は引用文。単語を「」で囲むと「いわば○○」「それに対してひげ括弧 " " は、ほんとうはそうではないんだけれどいわゆるところの○○、にせの○○」の意味になる——よく間違えるので注意する。かぎ括弧は視覚的にキーワードとして際立たせる効果がある。 - **改行**は、論理が変わるときにしか使わない。声を張り上げるところ・声音を変える色つやにあたる。接続詞を入れたいときは段落を変える。「そして」「しかし」「ところで」で話頭を変えるのは、初心者には薦められない飛び道具。 - ゴシック文字や文字サイズ(ポイント)変更は多用しない。多用すると平静さのうちにリズムを出す工夫がおろそかになる。 - 日本語のリズムを扱う場面では、**拍(表拍・裏拍)**の構造を知っておく。日本語の拍は等時的拍音形式で、それぞれの音の長さは等しい。 - 七五調は「作ろうとすると必ず無理が生まれる」。狙って七五で書かない。ここぞというとき、内容が満ちていれば**自然に文章が歌い出す**。 - 明確な七五調は、慎重に避ける。とくに本のクライマックスなど重大な場面では、七五の拍が軽薄な印象を与えないよう警戒する。 - 浪曲や講談も、すべて音読すべきだ。躍動している文章には、覚知されないリズムが埋め込まれている。**リズム感は出しゃばらない。出過ぎない。書き手はシャイでなければ出せない**。 **根拠となる事例・考え方**: - 二代目広沢虎造の浪曲「石松三十石船道中」——「ちゃんちゃらおかしい」の啖呵。虎造師匠のネタから「鳴り物入り」の啖呵を切られたら引き下がるほかない。やくざ渡世こそ言葉の世界で生きている。 - お民の啖呵の「胸のすくような勢い」は、書き言葉にそのまま直しても出ない。移植すべきは構造。 - 『おいしい資本主義』を書いたとき、ある書評で「活字世界のラッパー」と評された。落語・浪曲・講談・歌舞伎・短歌・俳句・講演・ヒップホップ……エクリチュールのリズムの教材はパロールにある。説経節、歌舞伎に義太夫、狂言に漫才も含め、語り芸はすべて勉強しなければならない。聴くのは読むよりずっと楽で、寝ながらでも満員電車でも聴ける。 - 「ウリやナスビの花盛り/伊勢に七たび熊野へ三度/芝の愛宕へ月参り/さればとて墓に布団も着せられず」——七五調の拍形式を意識せずとも五音・七音で区切って読んでしまう例。しかし完全に七五調の拍を作ろうとすると必ず無理が生まれ、無意味な言葉を挟むことになり内容空疎になる。 - 著者自身の『アロハで猟師、はじめました』クライマックス(「わたしは、いま、決意する。生きるために食っているのではない。食うならば生きる。殺す以上は、生きるのだ。生き延びろ。そして、善く、生きろ。空にむかって言ってみる。土より上が、空である。」)——明確な七五調を慎重に避けつつ、五つの文にあきらかにあるリズムを構成しようという力学が働いている、と自解している。 - 英語やフランス語は強弱リズム形式で音の融合(リエゾン)が基本。日本人の英語が聞き取りにくいのは、音素を几帳面にひとつひとつ発話しようとして融合させないから。日本語は等時的拍音形式で、**強弱リズムをもたない拍音形式が、話し言葉としての日本語の基本構造**。 **キーワード**: - **パロール (parole)**: 話し言葉。「間」に加えて、語の勢い、発話するタイミング、アクセント、イントネーション、声音を含めた色つや、語り手の表情までが武器。 - **エクリチュール (écriture)**: 書き言葉。武器は少なく、その本質は**平静さ**。「間」をかたちづくる武器は句読点・括弧類・改行の三つくらい。 - **〈構造〉を借りる**: パロールをそのまま移植するのではなく、リズムを生んでいる仕組み(重複・繰り返し)を借りること。 - **拍(表拍■/裏拍□)**: 音韻(「ア」「カ」など)で表象される最小単位の言語音。日本語では基本的に等時、同じ長さ。 - **等時的拍音形式**: 日本語のリズム構造。強弱リズムを持たず、各拍が等しい長さで発語される。