# 第16発 スピード感【3感・其の一】——主語と語尾で走り出す。
> 第5章「読ませるための3感」の冒頭。3感=スピード感・リズム感・グルーヴ感。
**中心主張**: 文章のスピード感を殺す最大の元凶は「ダブり」と、「気がする」のような曖昧な述部だ。スピードを出す最も簡単なコツは文を短くすること、それも**二文に分けられるものはすべて二文にする**こと。ただし短文だけでは単調になるので、短文と長文を出し入れして**変拍子**を作る。さらに日本語は主語を省略でき、現在形で過去も未来も語れる言語だから、**主語の省略**と**語尾(時制)の操作**が、スピード感と臨場感を生む固有の武器になる。
**実践指針**:
- 推敲の場面では、まず**ダブり(同じ語・同じ情報の繰り返し)を排除する**。それだけで文章は走り出す。
- 「〜という気がする」「〜のように思います」で締めそうになったら、断定に書き換える。曖昧な述部はノリを悪くする。
- 一文に情報を二つ以上詰めそうになったら、**原則として二文に分ける**。
- 短文が続いて単調になってきたら、意図的に長文を入れて**変拍子**を作る。「緩・急・急・急・緩・緩・緩・超速球」のように配球する。
- 短文をただ並べるのではなく、決め球(キメの一文)の前は緩い球を続けて、押しとどめておく。最後の速球で三振を取る配球にする。
- 主語を書きたくなった場面では、省略できないか検討する。英語の "It is fine" を「今日は天気がいい」と訳せるように、日本語は主語なしで通じる。主語を省くとスピードが出て、かえって分かりやすくなる。
- 語り手の視点で過去の出来事を語る場面では、**現在形を混ぜる**。「〜た」「〜た」「〜る」「〜た」「〜た」のように、三番目に現在形を置くと臨場感が出て、単調な脚韻を避けられる。
- 文末の時制は、文頭の主語と同じく**繊細に考え抜いて置く**。連続する語尾は単調さが目立つ小石だ。
- 「3感」を意識すること自体より、**言い換えを試みること=考えること**が重要。言い換えは、他人の感覚ではなく自分自身のただひとつの世界の見方・切り取り方・考え方にたどり着くための作業。
**根拠となる事例・考え方**:
- 若手記者の原稿の直し(デスク仕事)の実例。「イルミネーションが△日、消灯した。特設ステージでゴスペルやバンドのライブが二回、イベントが二回、ライブが二回、消灯した」——ダブりだらけで鈍行列車。言葉を変えてダブりを排除しただけで速くなる。
- 「たしかに、嫌な神経を使います」で始まるフリーライターの原稿を、二文に分ける形で改稿した例(「都内の大手IT企業の男性(30)はそう話す。45分。上司からのプレッシャー。毎日1時間。」)。
- 野球の比喩: 150キロ台の豪速球でも、内角高めにストレートばかり投げていたらプロには打たれる。緩急の出し入れがすべての投球。
- 「For Beautiful Human Life」の日本語CMコピーを英米人に「文法的に間違っている」と苦情を寄せられた話、Tシャツの漢字プリント「斬」「殺」「帝」、Jポップの和製英語、タイムズスクエアの「間違いだらけ」漢字Tシャツ、胸の漢字が「二角形」——これらの脱線そのものが「緩い球」=変拍子として機能している(著者の自作解説)。
- 日本語は「非論理的」ではない。主語を省略するのは省略問題であって、スペイン語も動詞の格変化で主語が分かるから省略する。日本語は敬語(尊敬語・謙譲語・丁寧語)で誰が誰に向かって語っているかが分かる方位器を持つ。『源氏物語』は主語・敬語をあいまいでなく使い分けて書かれている。
- 敬語は「尊敬や謙譲の美徳」ではなく、話し手や聴き手の教養をうかがい、**ゾーニングをしている**——敬語によってしかるべき知性を持っているかどうかを判断する。
- 契約書や法律文書が読みにくいのは、誰も読まないよう・誤読の余地がないように主語を含めすべて省略なしで書くからだ。適度に主語を省略するのは、文章にスピード感を出すためだけでなく、**分かりやすくするために必須の文章術**。
- 村上春樹『風の歌を聴け』の一節(「僕は嫌な夢を見ていた。/ 僕は黒い大きな鳥で……」)——短い箇所に「僕」が三度出る。村上は最初に英語で書いてから日本語に戻したという。
- 日本語の現在形時制は「歴史的現在」形。英語版・スペイン語(線過去)・フランス語(複合過去)・ドイツ語(現在完了)ではこうならない。英独仏西は時制変化が豊富だが、日本語は語尾を少しずつ変えることでスピード感を作る。
- 「人が語ることの大半は、過去のことだ。その意味で、人は過去に生きている。そして文章は、過去を現在に生き返らせる蘇生の祈禱だ。」
**キーワード**:
- **3感**: スピード感・リズム感・グルーヴ感。文章を「読ませる」ための三つの感覚。
- **ダブり**: 同一語・同一情報の重複。スピード感を削ぐ最大の元凶。
- **変拍子**: 短文と長文を効果的に出し入れしてリズムチェンジすること。ハイライズ(のりにくい文章)を避ける。
- **歴史的現在**: 過去の出来事を現在形で語る日本語の時制。ナラティブで読者をのせるタイムマシン。
- **ゾーニング(敬語)**: 敬語の使い分けによって、話し手・聴き手の教養と知性を測る日本語の機能。