# 第14発 企画【道具箱・三段目】——なにが、わたしにしか、書けないか。
> ※本章は part2 の末尾で途中終了。「読書欄▼企画① なぜ新聞書評か」の節の途中(新聞書評の読み方・クリアファイル活用の話)で分冊が切れている。**(part3に続く)**
**中心主張**: 企画とは「わたしはなにを書くべきか」であり、これは「わたしに、なにが、書けるのか」という問いに変形される。誰でも情報を発信できる時代は、あなたでなくてもいいことを意味する。AIに記事を書かせることさえ始まっている。その中で、わたしにしか書けないものは何か——それは〈感情〉(エモーション)だ。論理や知識の下に置かれがちだが、そこには大きな錯誤がある。企画の核は喜怒哀楽であり、なかでも最も難しいのは「楽」=笑わせることである。そして企画は、書き手の内から湧くだけでなく、読者がどこにいるかを探すこと、そして誰も書いていない〈空間〉を撃つことから生まれる。
**実践指針**:
- 「なにを書くべきか」で答えが出ないなら、問いを変えよ。何度でも変えていい。**「わたしに、なにが、書けるのか」**——こう言い換えれば、答えが見えてくる。
- 情報(インフォメーション)を発信するだけの記事は、あなたでなくても書ける。人間である必要さえない。書くべきは、わたしにしか書けないもの=〈感情〉だ。
- ただし「感情的になるな」と教えられてきた通り、感情をあやふやな印象のままにしてはいけない。**いっそ具体的に、喜怒哀楽と言ってしまえ**。できればわたしだけの喜怒哀楽を。
- 喜怒哀楽の四つを区別せよ。
- **喜**: 心の底から喜んでしまうこと。慶事。共感できること。
- **怒**: 義憤に駆られること。「それはないだろ」と、声を高めてしまうこと。
- **哀**: 頬に涙が伝うこと。憐憫。人間だけがもっている普遍の感情。
- **楽**: 少し難しい。楽は、喜と違う。自分が喜ぶんじゃない。**人を喜ばせることだ**。「楽」という字は象形文字で、手に持って鳴らす鈴(スレイ・ベル)が字源。鈴をもって、歌い、踊り、神様を喜ばせた。神楽という。**楽とは、自分ではない、他者を喜ばせること。はたをラクにすることを指す**。
- 「楽」を〈笑い〉と考えるなら、それは(笑)(w)(嘲)(藁)(草)ではない。それらは、はたをラクにしていない。むしろ、はたを不快にしている。他者を攻撃している。そうではなくて、**ユーモア**だ。
- ユーモアとは、機知やウィットではない。もっと、威厳のあるもの。おじけづいている人間の背中をそっと押すもの。歩みを軽くするもの。つい、微笑んでしまうもの。**ユーモアがなければ、生きている資格がない**。
- ネットを読んでみよ。いちばん多いのは「怒」や「哀」だ。たまに「喜」がある。だから、喜怒哀楽のなかでも、**楽を書くのがいちばん難しい**。ふっと笑ってしまう記事があると、とても目立つ。
- 企画を探す前に、読者はどこにいるかを探せ。「下手な鉄砲も数撃ちゃ当たる」は誤りだ。下手な鉄砲は、数を撃っても当たらない。当たるのは、**鴨のいる場所を探しているから**だ。数多くの鴨と遭遇しているからだ。狙って当たっているんじゃない。鴨が、弾に当たりに来てくれる。
- 文章も同じ。読者の関心領域をよく観察しておく。いまの世の中、ワイドショー、スポーツ紙、SNSはどんな話題で盛り上がっているのか。炎上しているのか。
- ただし、その話題「そのもの」を書くのではない。人々の関心、下司な好奇心、やじ馬根性、カネ、欲望がうずまくところ——**そうした話題にこと寄せて、その下司な話題が、人間にとって、世界にとって、なにを意味しているのかを考える**。切り口の具体的な思考トレーニングは「転の書き方」(第6発)と同じ。そこに知恵を振り絞る。
- 「半歩先を狙え」の真意。鴨の大群を見つけて空が真っ黒になるようなときでも、情けないことに一羽しか当たらない。なぜ当たらないか。群れに遭遇して興奮しているからだ。鴨は高速で飛ぶ鳥だから、鴨が飛ぶ方向、そのわずかに前方を撃たなければならない。読者(鴨)の、半歩先を書く。一歩先は行きすぎで、読者を置いてきぼりにしてしまう。
- 読者が「いま、どこにいるか」は、わりあい正確に分かる。あるトピックについて読者が「これぐらいは知っているし、考えているだろう」というポイントを掴むには、**そのトピックについて書かれた記事を、大量に集めればいい**。新聞の商用データベース、雑誌記事、書籍、インターネットの言説を、なるべく大量に集めまくる。新旧の書籍を大宅壮一文庫で大昔の雑誌記事を読みまくる。ネットに出てくる記事やブログも読む。
- 「いまのライターはネットしか見ない」と言われる。足を使え。足とは、文字どおり、足。移動距離。猟師は、銃、犬、足という。机の上で済ませてしまうな。
- もうひとつ、**空間(スペース)を撃て**。なにを書くのかではなく、**なにを書かないのか**を先に決める。「〜の道」がテーマなら、ふつうのライターが取り上げる「○○街道」「△路地」はぜったい書かない。書かないことを、まず先に決める。スペースは、そこに生まれる。物理的に存在しない道を、書く。(著者はアニメ『巨人の星』の主題歌から「重いコンダーラ試練の道」を取り上げた——存在しない道をテーマにした。)
- **ワーク・イズ・ライフ**であれ。ワーク・ライフ・バランスなどない。表現者にとって、仕事の質は企画の量に正比例する。企画を、アイデア、創意工夫と言い換えてもいい。企画力が、仕事の九割だ。企画を四六時中考えているワーカホリックが、いいライターだ。枕元には常にメモを置いておく。仕事の夢を見て、跳び起きることがある。
- 企画の情報源として、**新聞の読書欄を読め**。二十年以上、著者はこれしかしていない。全国紙はすべて(朝日、毎日、読売、日経の土曜もしくは日曜紙面)をコンビニやキオスク、近くの販売店で買ってくる。自分の住んでいる地域の地元新聞をこれに加えて、最低で五紙、毎週、読書面の隅から隅までを読む。定点観測のように、ひとつかふたつの書店を、定期的に回る。本が入れ替わったのがすぐ分かるまで、通い詰める。
- 書評を読んだら、気になる文章に線を引く。自分のメモ(見出し)を書き加える。その書評を、クリアファイルに分類しておく。「AI」「天皇制」「日本語」「移住・定住」「大衆、ポピュリズム」「離島」「塾」「資本主義」など。ほかの中企画をもっておき、それに関連するネタを、いつもアンテナを張って収集していく。
- **クリアファイルに、引っかかった書評を入れておく**。入れておくだけでいい。その間に醸造・熟成させる。いますぐに買って読む必要はない。あるテーマについての書評が五、六点集まってきたところで、その本をじっさいに手に取る。まえがき、あとがき、とくに目次を注意して集中してゆっくり読む。書評で線を引いた該当部分を探しだし、その前後数ページを読む。
- **アウトプットする企画をイメージできないものは、保存しないこと**。アウトプットをイメージできないインプットは、有害でさえある。
**根拠となる事例・考え方**:
- 著者の猟師体験(2016年から)。「文章と猟が、とても似ているからなんです。一生続けるつもりです」。猟期中の三カ月で、鴨ならせいぜい三十羽から多くて五十羽くらいしか獲れない。「わたしの場合、『しか』って言いますけど、これは新人猟師にしてみれば、かなり多いと思いますよ。自慢ですけど」。この二倍から三倍獲れても、それだけ弾を外している。
- 著者のユーモア観の来歴。「気質的にそうだったんでしょう、わたしは昔から、怒ったり、泣いたり、声高になにか主張する記事ではなく、つい笑ってしまうような文章を書きたいと思ってきました」。まだ二十代の若造だったある日、新聞社の編集幹部が記事やコラムを読んで寄ってきて、「十本の論説を書くより、笑わせる一行を書くほうが難しいんだ」とほめてくれた。そのときは、小さなボートでカリブ海を渡って米マイアミに亡命する、決死のキューバ人たちについて、雑誌にルポを書いていた(悲壮には書かなかった)。「そのとき、ひらめいた。自分がライターとして生きていけるとしたら、ここだろう。『楽』を書くんだ」。
- 現在の連載「アロハで田植えしてみました」「アロハで猟師してみました」を六年以上続けている。新聞としては完全に異質の(異次元と言われた)タイトルで、スラップスティックコメディーだと思ってもらって構わない。しかし筆者としては、笑いにくるんでほんとうは別のことを書いているつもり——簡単に言えば新自由主義・行きすぎた資本主義への異議申し立て。告発・糾弾ではなく、読者に楽しんでもらいたくて、笑ってもらいたくて、自分がピエロになって書いている。
- フロイト著作集3「ユーモア」の引用——「月曜日、絞首台に引かれて行く罪人が『ふん、今週も幸先がいいらしいぞ』といった」。ユーモアには、たとえば機知などにおいては全然見られない一種の威厳が備わっているのである。なぜなら、機知とは、ただ快感をうるためだけのものであるか、ないしはその得られた快感を攻撃欲動の充足に利用するだけであるから。
- ビリー・ワイルダー——「言いたいことがあるなら、言ってもいい。しかし、チョコでくるめ」。
- チェーホフ「家で」——「薬は甘くしなけりゃいけないし、真理は美しくなけりゃならないんだ」。
- **笑いとは、危険から、緊張から、圧迫から、怒りや哀しみから、一瞬、解放されたときに出る吐息です。甘い香りのする、表徴なんです。**
- 著者の企画の実例。水木しげる、赤塚不二夫、手塚治虫という漫画界の三巨人には、年の近いお嬢様がいて、その方々の鼎談を企画・取材したことがある。「ゲゲゲの娘、レレレの娘、ららら(の)娘」という記事になり、のち、本になった。この企画のタイトルは、寝ている最中、真夜中、思いついた。文字どおり、布団をはね飛ばした。ある書評で「本のタイトル大賞というものがあったら、間違いなくこの本」と評された。「座布団十枚」とも書かれた。鼎談者は「本のタイトルがまずあって、それに引き寄せられた」と言ってくれた。銭カネではない。名誉でもない。**いい企画を考えられた。それはライターにとって最もアドレナリンが出る瞬間のひとつだ。ワーク・イズ・ライフとは、このことだ。**
- なぜ新聞書評か。**この時代に信用できるのは、熱だけだ**。一冊の本にかかわる人間の数は多い(著者、編集者、校閲、デザイナー、印刷、営業、書店員……)。新聞や雑誌に比べても、紙の本にかかわる人間の数は多い。木を切り倒してパルプ紙にして、紙にインクをにじませ、トラックに積み込み、ガソリンを消費し二酸化炭素をまき散らし、全国津々浦々の書店に運ぶ。時代にまったく逆行した環境破壊的なメディアが、紙の本である。たった一人の著者の情熱だけでは、とてもできあがるものではないのだ。何人もの人間が真剣になって、本気で作っている。ネットの「note」と比べると、信じられないほど多い。**熱量の総和が圧倒的に多く、かつ、安価なメディア。それが紙の本である。このメディアを使い倒さないことは、あり得ない。**
- なぜ書評面か。書評は、本の内容を紹介している。その紹介部分に、気になる文章があるはずだ。あたりまえだが、新聞書評なのである。最低でも五紙の読書面を切り抜き、端から端まで読む。一週間で五紙を読み、平均で三、四冊の本に引っかかる。
- 企画とは、結局、編集なのだ。すでに世に出ていることを、総覧して、なにか新しい共通項、切り口があるのではないか。共通するキーワード、嫌なことばだが「時代の気分」があるのではないか。そうした目で「切る」のが、企画なのだ。**総覧するのにもっとも適したメディアは、「紙の本」だ。なぜか。紙の本には、熱があるからだ。**
**キーワード**:
- **企画**: わたしはなにを書くべきか。言い換えれば「わたしに、なにが、書けるのか」。道具箱の三段目。
- **〈感情〉(エモーション)**: わたしにしか書けないもの。情報(インフォメーション)と対をなす。AI時代の書き手の核。
- **喜怒哀楽**: 感情を具体化した四分類。企画の出発点。
- **楽**: 自分が喜ぶことではなく、他者を喜ばせること、はたをラクにすること。字源は神楽の鈴。最も書くのが難しい。
- **ユーモア**: 機知やウィットではなく、威厳のあるもの。おじけづいた人間の背中をそっと押し、歩みを軽くするもの。(笑)(w)(草)などの攻撃的な笑いとは対極。
- **下手な鉄砲も鴨いりゃ当たる**: 「下手な鉄砲も数撃ちゃ当たる」の書き換え。当たるのは鴨のいる場所を探しているからだ、という企画発想の原則。
- **半歩先**: 読者の位置のわずか前方。一歩先は読者を置き去りにする。
- **空間(スペース)を撃つ**: なにを書かないかを先に決めることで生まれる、誰も書いていない領域。
- **ワーク・イズ・ライフ**: ワーク・ライフ・バランスの否定。仕事の質は企画の量に正比例する。
- **この時代に信用できるのは、熱だけだ**: 紙の本を情報源とする根拠。熱量の総和が圧倒的で、かつ安価なメディア。
- **アウトプットをイメージできないインプットは有害**: 情報収集の原則。