# 第10発 一人称・読者の設定 ——だれが書くか。だれに書くか。 **中心主張**: ものを書くとは、世界に風を吹き込むことだ。「○○に決まっているだろう!」という脊髄反射的な断定に、ひびを入れる営みである。そのために「だれが書くか」(一人称)と「だれに書くか」(読者設定)を意識的に決めなければならない。一人称を変えると文体が変わり、文体が変わると書く内容が変わり、内容が変わると世界の見え方=世界観が変わる。読者については、顔の見えない読者に向かって書く者こそが作家である。 **実践指針**: - 書き始める前に、この文章の一人称は何かを決めよ。日本語には僕・ぼく・ポク・私・わたし・俺・おれ・あたし・あたい・おいら・わし・小生……と豊富な選択肢があり、それ自体が日本語の特性だ。 - 一人称に引っ張られすぎると、文章の自由度を失う。「わし」を選べば苦労しそうだし、「おいら」ではビートたけしのまねにしか聞こえない。狙いすぎに注意する。 - 一人称を避けると謙虚に見える、と考えるな。主観を排すべきだとして一人称を絶対に書かないと決めている文章を読むと、かえって記者の存在が鼻につく。不在が、存在を強調する。 - 文章が煮詰まったら、一人称を変えて書いてみよ。スタイル(文体)を変える最も簡単な練習法であり、語尾が変わり、リズムが変わり、文章全体を見直すことになる。 - 一人称は複数持ち、使い分けよ。年代によって変えていくのもよい。かつてのOSも大切にとっておく(人格のレイヤーが厚くなる)。 - 読者を設定するとき、二つの極を意識せよ。**広告コピー型**(読者=消費者の顔がはっきり見えていて、そこを目がけて狙って書く。コントロールされたスライダー)と**ヘーゲル型**(だれも理解してくれなくても書く、ど真ん中に投げ込む豪速球)。 - 顔の見える読者だけに向けて書くのは、依頼メールやラブレターであって、作家の仕事ではない。作家は、いまだ知らない、顔なき読者に向かって書く者だ。 - 「だれも理解してくれなくてもいいから、自分の書きたいことを書け」という意味ではない。熱量が途方もなく高ければ、どこかに読者は現れる。 - 世界の万人が理解し、感動し、牢記すべき文章を、自分ひとりだけは確信して書け。その確信がなければ、なぜ文章など書くのか。 - 一人が読んでくれればいい。しかし、その一人も歩み去ったのなら、虚空に向かって、宇宙に向かって書け。 **根拠となる事例・考え方**: - 著者が新聞に「おれ」という一人称でコラムを書いた実例。「〈新聞で「おれ」という一人称を使うのが夢だった。そもそもおれが記事にしゃしゃり出てくること自体、きつく禁じられていた。一人称はせいぜい「記者」「筆者」どまり〉」。ゴンブローヴィッチ(ポーランドの孤高の作家、生誕100年)の一人称「おれ」に触れ、「おれおれ主義」と結ぶコラム。 - 著者自身の一人称遍歴。以前は「僕」だったが、四十歳に近づいて「僕」を一切やめ、「わたし」に統一。すると不思議なことが起きた——一人称を変えただけなのに文体が変わり、語尾が変わり、文章のリズムまで変わった。取材した文芸批評家に「自分は、書き言葉で僕は使わない」と指摘され、その理由が「三十歳を過ぎた男が『僕』だなんて、甘ったれてる」だったという逸話。 - ヘーゲル『精神現象学』を読了したときの「途方もない虚脱感と達成感」。著者が命を削って書いたことの片鱗に触れた気がした。ヘーゲルは臨終の床で「ただ一人を除いて私を理解してくれたものはなかった。そしてその一人も私を誤解していた」と言った。それでも二百年読み継がれている。広告コピーは半年もたない。 - レオニード・アンドレーエフ(二十世紀ロシアの詩人・作家)の言葉——「有名になるか——でなければ生きるには当らない」(ゴーリキイ『追憶』)。まだ十四歳のときの、少年らしい自負。 - 映画『嗚呼!おんなたち 猥歌』(神代辰巳監督、内田裕也主演)と主題歌「ワン・ナイト・ララバイ」。売れない中年ロッカーが場末のレコード屋のどさ回りで、地面にマイクを立ててカラオケで歌う。誰も振り向かない。すると一人だけ、若い女性が足を止めて聴き入っている。「ライター志望者はDVDを手に入れ、映画全編を見るべきだ。表現は、かくあるべきなのだ」。 **キーワード**: - **ものを書くとは、世界に風を吹き込むこと**: 断定・常識にひびを入れる営みという本書の文章観。 - **一人称のパワー**: 一人称→文体→内容→世界観という連鎖。一人称を変えると世界が変わる。 - **人格のレイヤー**: 一人称を複数持つことで厚くなる自己の層。かつてのOSも捨てない。 - **ヘーゲルか広告コピーか**: 読者設定の二極。顔なき読者に向かう文章か、顔の見える消費者を狙う文章か。 - **顔なき読者**: 作家が向かうべき、いまだ知らない読者。 - **ワン・ナイト・ララバイ**: 一人でも聴き入る者がいればいい、いなければ虚空に向かって歌え、という表現者の姿勢の象徴。