# 第9発 説得する技術 ——メール上手は幸せな人生を送る。 **中心主張**: 文章を書くことは、母語であっても至難の業であり、だからこそ書ける人は有利になる。どの世界でもトップにいる人は、きわめて文章操縦力が高い。そして、その力がもっとも日常的に試されるのがメール(=手紙)だ。仕事の依頼メールは相手を口説き落とすラブレターであり、「三手詰め」の構造で書けば人は動く。ただしその根底にあるのは技術ではなく、言葉にした尊敬である。 **実践指針**: - 依頼メールは「三手詰め」で書け。将棋で相手玉を詰ませるように、三手で相手を動かす。 - **一手目「自分はあなたを知っている」**: 相手の本・記事・発言・仕事内容を熟知していることを、具体的に、短く的確な言葉で示す。継続して興味を持っていること、相手が忘れているような過去の仕事も含めて挙げる。 - **二手目「自分はこういう者である」**: 自己紹介。会社名・部署・肩書はもちろん、いままでどういう立ち位置で仕事をしてきたか、いまどういう問題意識を持っているかを、簡潔かつスピーディーに。必要な情報だけを渡す。 - **三手目「したがって自分にはあなたが必要だ(あなたにも、自分は有用だ)」**: 一手目・二手目の論理的帰結として、いま自分はあなたを必要としていること、あなたに話を聞きたいことを示し、あなたと仕事をすることで新たな可能性が広がることを、事実とエピソードで語らせる。 - 一手目では「お世辞」を言うな。感銘を受けていることを具体的に述べるのが誠意であって、褒めそやすことではない。 - 「みんなが書きそうなことは書かない」。依頼相手がかつて言われたこともないような、新しい視点からの「評」を添える。常套句を廃し、五感を使え。 - 「あなたと仕事がしたい」と直接書いてはならない。それは論であって、エピソードではない。熱は語らせるもので、宣言するものではない。 - 仕事を頼む相手は、つねに「世界一忙しい人」だと思え。だから省いてはならない情報がある——①自分はだれにメールアドレスを聞いて連絡しているのか ②取材・面談を希望するおおまかな日程 ③謝礼・ギャラが発生するのか、発生するならいくらか。 - 最初の依頼メールでカネの話をするのは無粋ではなく、むしろ礼儀だ。「あるいは失礼とは思いますが」と前置きしてでも書いておけ。 - 三手詰めのメールを書いても会ってくれない相手はいる。その場合、理由は三つ——①物理的に時間がとれない ②主義としてそのメディアと仕事をしないと決めている ③そもそもあなたに興味がない。深追いせず、悪く思わないこと。 - 一回限りの関係を求めて近寄ってくる人は、すぐに分かる。人間を、甘く見るな。仕事相手には「一生付き合う」という覚悟をもって、仕事が終わったあとも手紙やメールを書き続けよ。 - 尊敬は、かたちにしなければ伝わらない。言葉にしなければ存在しない。 **根拠となる事例・考え方**: - 外国語学習との対比。CNNのニュース番組は単語一万語ほど、日常会話は七百語ほどで聞き取れる。しかし外国語で「書く」のはネイティブの違和感のない文章にはならない。母語である日本語で書くことも同様に至難だから、書ける人は出世する。トップ中のトップは文章家であり、例外は政治家だけ。 - メールを書く相手=編集者は、作家・ライターと組む「キャッチャー」であり、文章の練達の士である。編集者は一流の作家やライターと仕事をしてきた読み手なのだから、下手なメールは通用しない。 - 著者の担当編集 Lily とは、初めて仕事をする間柄で、最初にもらった依頼が手書きの立派な書簡で、隅から隅まですきがなく「できるな」と思わせるものだった。 - 三十年以上ライター・編集者をしてきて、疑獄事件で逃げ回る代議士や贈賄側の理事にも手紙を書いて会ったことがある——三手詰めのメールは事件取材でさえ通用する。 - ある写真家との関係。週刊誌が校了すると毎週、必ず作品の感想を手紙で二年間送り続けた。写真を見ての感想だから似た文言になりがちだったが、写真家は書状をとっておき、きれいに装丁してスクラップしていた(手紙は百通を超えた)。打算でしていたのではない、尊敬からしていた。 **キーワード**: - **文章操縦力**: 文章を目的に応じて動かす力。仕事の成否を左右し、どの分野でもトップの人間が備えている。 - **三手詰め**: 依頼メールの構造。①あなたを知っている ②自分はこういう者だ ③だからふたりは会うべきだ。 - **落とせるラブレター**: 依頼メールの本質。相手を口説き落とす文章。 - **ピッチャーとキャッチャー**: 作家・ライターがピッチャー、編集者がキャッチャー。ピッチャーを生かすも殺すも編集者次第。 - **行きずりの関係はわびしい**: 一回限りの関係を求めて人に近づくなという戒め。相手は必ず見抜く。 - **言葉にならない思想は、存在しない**: 本書の主張の根幹・要諦。感情も尊敬も、言葉に落とさなければ伝わらないし、感じてさえいない、考えてさえいないのと同じである。