# 第7発 共感させる技術 ——響く文章は、説明しない。 **中心主張**: 筆者の感情を文中で説明した瞬間、読者の心は動かなくなる。感情の「押し売り」はしらける。だから書き手がすべきことは、感情を説明することではなく、感情が生まれた〈場面〉を五感で正確に切り取り、エピソードに語らせることだ。「悔しかった」と書くのではなく、悔しさが読者に伝わる場面を見つけて描く。 **実践指針**: - 感情を書きたい場面では、〈論〉ではなく〈エピソード〉に語らせよ。「怒った」と説明せず、怒っている人を描く。 - 取材メモを開いたら「場面はないの?」と自問せよ。場面がないなら取材が足りない。会議の声のトーン、握手の仕方、目線、ちょっとしたしぐさまで見逃さない。 - 「肩をふるわせた」「唇をかんだ」のような常套句に逃げるな。ほんとうに怒っている人は肩をふるわせないし、悔しい人は唇をかんだりしない。目を皿のようにして、その人固有の動作を探す。 - 文中に「(笑)」を使うな。読者に「ここ、笑うところです」と合図を送るのは怠慢かつ傲慢。 - 感情の音量を上げてはならない。バックグラウンドミュージックを大きくして泣かせにかかるテレビドラマの手法を文章に持ち込むな。 - エピソードを書くときは、ただ一つ〈正確を期する〉こと。ロマンチックに、あるいは芸術的に飾らず、見えたとおりに書く。風車が悪魔に見えたなら、ためらわず悪魔と書け。 - 視覚だけに依存するな。聴覚・嗅覚・触覚・味覚を総動員する。知らない土地の取材では、夜に観光名所ではないローカルなバーへ行き、流れる音楽・におい・さわり心地・場の空気を確かめる。 - 五感を他人にゆだねるな。既製の五感(常套句)ではなく、自分が実際に受け止めたものを書く。 **根拠となる事例・考え方**: - 著者の新聞記者時代(川崎市長選)の実例。取材ノート「夜回り帳」を十冊以上作り込み、共産党アレルギーをめぐる保革対決の構図を丹念に取材したが、原稿はほとんど跡形もなく直された。デスク役のアンカーの一言が「場面はないの?」——事実は正確でも、場面がないから伝わらない。 - 映画の例。D・W・グリフィス『素晴らしき哉人生』のラストで主人公の女性が浮かべる「素晴らしくない」笑顔、フリッツ・ラング『スピオーネ』でピエロが冷血な暗殺者として横たわりながら笑うラストシーン。技術(SFX・音楽・照明)が過剰になるほど、かえって心は動かない。ビリー・ワイルダー『サンセット大通り』で大女優が「映画はトーキーになってだめになった」と嘆く逸話。 - 太宰治「芸術ぎらい」からの引用——創作において最も努めるべきは〈正確を期する事〉。風車が悪魔に見えた時には、ためらわず悪魔の描写をなすべきである。 - 著者自身の連載「アロハで猟師してみました」の子鹿を屠る場面、「ギャル原」という大食いキャラクターの「ニコニコした満面の笑み」を、初稿の常套句から「悪魔」の笑みへ書き換えた経験。 - 内田百閒「山高帽子」の引用。自殺を思いつめた男が真暗な道で海の音を聞く場面——聴覚(轟音)、嗅覚・味覚(しぶきの塩気)、触覚(波の冷たさ)が総動員され、月が「さえざえと青光」する。フル稼働する五感の見本。 **キーワード**: - **押し売りの感情**: 筆者が自分の感情をト書きで読者に伝えようとすること。「(笑)」「肩をふるわせた」など。響かない文章の典型。 - **場面で語ってくれ**: 論ではなくエピソードに語らせよという編集原則。取材の目的は場面の採集である。 - **説明しない技術**: 感情を書かずに感情を伝える技術。本章の主題。 - **正確を期する事**(太宰治): 描写の唯一の原則。見えたとおり、ためらわずに書くこと。 - **既製の五感**: 借り物の常套句的な感覚表現。ライターに必要なのは正確さに対する偏執的なこだわり。