# 第6発(続き)ジャンプ「結は転のお導き」 > ※part1から続く章の末尾部分。第6発は起承転結の「転」を主題とした章で、part2冒頭にその結び(微笑=ユーモア論の締めくくりと「結」の書き方)が収録されている。 **中心主張**: 結は、書き手が新たに考え出すものではない。書き始める前に磨き抜かれた「転」が、必然的に導き出すものが結である。したがって結論は、書き始める時点ですでに自分の中にある——というより、転が正しく突かれていれば、結は勝手に鳴る。転とは巨大な鐘であり、結はその鐘が響かせる音にすぎない。 **実践指針**: - 結を書こうとして悩む場面では、結をひねり出そうとせず、その手前の「転」を疑え。結が書けないのは、転が弱いからだ。 - 転を作る場面では、「これ以上は考えられない」というところまで問いを掘り進めよ。転は年とともに進化・深化させていくもので、自分の年齢とともに深まっていく岩盤である。 - 大きく響かせたい場面では、鐘(転)を大きくし、突く力を強くせよ。転が人に響かないのは、自分の突きが小さいか、鐘そのものが小さいからだ。 - 書き始める前に、結を〈あった〉ことにするな。指の先から出てくる結論こそが本物であり、書き始める前に自分でさえ考えていなかった文章が出てくる——そこが文章を書くことの急所だ。 - ユーモアを狙う場面では、哄笑・嘲笑・苦笑ではなく「微笑」を狙え。おおらかで、ふと力が抜けるような、生きていく背中を押すような笑いを目指す。 **根拠となる事例・考え方**: - 人間の表情の三角形(怒り・喜び・悲しみ)の中点に微笑がある。眉をつりあげたり、顔をほころばせたり、目を潤ませたりする、その三点のちょうど中間で、いちばん力が抜けている表情。 - 微笑のユーモアこそが、人間の人間たるゆえん、人間のいちばん強靭な心のありようである。狙うべきはユーモア(微笑)であって、アイロニー(皮肉)でもウィット(機転)でもない。 - 「転」は自分の知る限り新しい考え方であり、だれも示していない、ものの見方だ。岩盤にコツンと音がするまで問いを掘り進める作業として描かれる。 **キーワード**: - **転**: 起承転結の三番目。結句、問いを深くしていくこと。誰も示していない新しい考え方・見方であり、自分の年齢とともに深化していく岩盤。 - **結は転のお導き**: 結論は転から必然的に導かれるという原則。結を独立に考案してはならない。 - **鐘の比喩**: 転が鐘、結がその音。鐘が小さければ音も小さく、突きが弱ければ響かない。 - **微笑**: 哄笑でも嘲笑でも苦笑でもない、力の抜けた笑い。本書が目指すユーモアの中心。