# 第5発 擬音語・擬態語・流行語 ── エモいも、ほっこりも、マジ、やばい。 ## 中心主張 オノマトペも流行語も、常套句とまったく同じ構造をもつ。自分自身の感覚(〈このわたし〉)を起動せず、先人や世間の目・耳・鼻・口・触覚によって世界を切り取ってしまう。流行語を使うとは、自分の頭と魂を「世間」という怪物に預けることだ。だがなぜわざわざ文章を書くのか——**みなが見ていること、みなが感じていることを、見ないため、感じないため**である。感性のマイノリティーになることが、文章を書くことの本質だ。 ## 実践指針 - **初心者および伸び盛りのライターは**、いっときでいいからオノマトペを全部やめよ。書き手の自意識が読者の目の前に迫ってくる。 - **オノマトペを使いたくなったら**、それが既に流行を終えた古語でないか確認せよ。「ほっこり」が『現代用語の基礎知識』に載ったのは2010年で、実際に流行したのはもっと前。十数年前の流行語を「新感覚」として書いて「どうだ」と言われても鼻白むだけ。 - **どうしても使う場面では**、覚悟を決めよ。**新しいオノマトペを自分が発明し、世に流行させる。それぐらいの覚悟で新語を開発する**。 - **流行語を書く場面では**、二択しかないと知れ。①はやり始めのごく一瞬に使うか、②もはや微苦笑を誘う哀愁が漂うころあいに、ギャグとして使うか。 - **「エモい」「マジ」「やばい」「バズる」「キレッキレ」を無自覚に書きそうになったら**、止まれ。問題は「古い」ことではない。**はやり始めてしばらくたち、使う人が多くなった流行語を無自覚に引いてしまう感性が、ライターとして鈍感**だということ。 - **流行語そのものを排撃するな**。日本語は新語・流行語ときわめて親和性の高い言語である。使う時と場所とTPO、賞味期限にきわめて鋭敏になれ。 - **不易流行の姿勢で使え**。流行のはかなさ、馬鹿馬鹿しさを知りつつ使う。**不易=普遍を目指した文章に忍ばせる飛び道具として**使う。 - **「かまとと話法」を避けよ**。〈女子の京都ひとり旅。お茶屋さんでひと休み、玉露をいただく。湯の玉を舌先で転がすと、思わずほっこり、癒やされる。〉——「女子」「お茶屋さん」「いただく」「思わず」「ほっこり」「癒やされる」、すべてだめ。無邪気・純真・清楚を装う書き方。 ## 根拠となる事例・考え方 - 悪い例:私塾に通う最年少(二十二三歳)の新人記者が書いた雪のコラム。〈むぎゅっ、むぎゅっ。足元で音が鳴る。この冬一番の寒気がやってきた1月末。白銀の風景を撮ろうと家を出た。〉——キュッキュでも長靴のギシギシでもなく、ひとひねりして、しかもカタカナでなくひらがなで「むぎゅむぎゅ」。しかも文頭。「どうだ」感で鼻の穴を膨らませている感じが勘弁ならない。 - オノマトペの定義:**擬音語**は実際の音をまねた言葉(お茶漬け「さらさら」、雨が「ざあざあ」、犬が「わんわん」、「むぎゅむぎゅ」)。**擬態語**は音以外の視覚・触覚での印象を言葉にした語(「ぴかぴか」した表面、「のそのそ」した野郎、「ほっこり」)。 - 日本語はオノマトペに豊かで、それ自体が悪いわけではない。むしろ表現の可能性を広げてきた——萩原朔太郎は猫の鳴き声を「おぎやあ、おぎやあ、おわああ」と書いて主人公の狂気を示唆し、中原中也のブランコは「ゆあーん ゆよーん ゆやゆよん」と軍国主義のいやな時代を揺れ動き、草野心平の蛙は死の間際「りをりを りま りま」と祈るように歌う。**オノマトペによって言葉を創造し、猫やブランコや蛙それじたいではなく、それらを聞く人間の感情を発見している**。 - 「ほっこり」の語源:上方の方言で「ふかし芋」を意味し、『東海道中膝栗毛』にも「ほっこり買うて喰うてござる」とある。そこから転用されて心があたたかになる、のんびりする感情を表すようになった。 - 罠の理由二つ:第一に**子供っぽい**(車はブウブウ、北風ピュー、スキーでランラン、お星さまキラキラ)。第二に、より重要なこととして、**オノマトペも常套句の一種**で、自分自身の感覚を起動しない。猫はいつでもにゃあにゃあとは鳴かない。「りをりを りま りま」と蛙が鳴くのは、その当の蛙が死ぬときだけ。 - 個別の感情ごとに新しい擬音語を発明しても、それが〈言語〉になるかは疑わしい。他者への伝達が困難だからだ。**個別の感情の数だけ個別の言葉が必要になるなら、それはかえって自由をそぐ**。 - 流行語の賞味期限:「ナウいヤング」「エロ、グロ、ナンセンス」はもう通じない。「ボイン」は通じるが薄笑いされる。「アベック」は死後数十年、「アプレ」は絶対通じない。「ディスる」ですら本場・米国のラッパーがやらなくなって十数年たった。 - 日本語の伝統:中国から輸入した漢字を使い万葉仮名で最古の歌をしたため(万葉集)、漢字の草書を崩してひらがなを発明して平安文学が花開き、偏や旁を簡略化したカタカナで鎌倉仏教の哲学的思考を深めた。**日本文化とはつまり、あたらしもの好き、改良マニアック、バージョンアップカルチャー、誤読の天才なのだ**。イ形容詞は外来語と接続して新語を創る(エロい、エモい、エコい)。 - ブランショ『文学空間』——「語るとは、本質的に言って、眼に見えるものを見えぬものへ変形することだ」。 ## キーワード - **オノマトペ**:擬音語(音の模倣)と擬態語(視覚・触覚の印象)の総称。常套句と同じ構造の罠。 - **かまとと話法**:無邪気、純真、清楚を装う書き方。著者の命名。 - **〈このわたし〉の起動**:先人の感覚を借りず、自分自身の五感で世界を切り取ること。 - **不易流行**:変わらぬ普遍(不易)を目指した文章に、流行を飛び道具として忍ばせる姿勢。 - **言葉を世間に預ける**:流行語を流行中に使うこと。「うわついて、邪悪で、移り気で、唾棄すべき、しかしこれなしにはどんな人間も生きられない『世間』という怪物に、自分をそのまま預けてしまうこと」。判断停止・思考停止の証左。 - **感性のマイノリティー**:文章を書くことの本質。みなが見ていること、感じていることを、見ないため・感じないために書く。 - **罠をすり抜ける**:「ものを書くとはつまり、あちこちにしかけられている、汚い罠をすり抜けること。またそうして生き残った者のみが、黄金に手を触れる。自分だけの表現を獲得する」。