# 第2章 禁じ手を知る/第4発 常套句・「としたもんだ表現」 ── 親のかたきでござります。 ## 中心主張 常套句を使うと文章が常套的になる。だがそれよりよほど罪深いのは、**常套句がものの見方を常套的にさせる**ことだ。「抜けるような青空」と書いた時点で、書き手は空を観察しなくなり、他人の目で見て他人の頭で感じているだけになる。その派生形が「としたもんだ表現」——新聞記事とはこう書くもんだ、という手癖の文章であり、さらに「男とはかくあるべきだ」「日本人とはこうした民族だ」という世界を住みにくくさせる規定へと地続きになっている。文章を書くとは、その「としたもんだ世界」にすきま風を吹かせることである。 ## 実践指針 - **修飾語・比喩を書く場面では**、それが定型(クリシェ)でないか疑え。「抜けるような青空」「燃えるような紅葉」「唇をかむ」「胸を張る」「前を向く」「目を輝かせ」「喜びを爆発」「スタンドを埋めた」「沸いた」——すべて禁じ手。 - **空や海を描写する場面では**、まず観察せよ。秋晴れの日にひとつとして同じ日はなく、すべての青空が違う青さをもっている。**自分にとって空がどう「青い」のかを、自分の頭で考え抜け**。 - **「美しい」と書きそうになったら**、書くな。「美しい海」「美しいメロディー」「美しい人」と書けるうちは未来がない。**今日の、この海が、どう美しいのか。別の日、別の場所の海とどう違うのか。そこを自分だけの言葉で描き出すのが、文章を書くことの最初であり、最後である**。 - **「言葉にできない美しさ」と言いたくなったら**、自分を疑え。それは言葉にできないのではない。考えていない。もっといえば、当の美しさをほんとうには感じてさえいない。 - **推敲の段階では**、常套句を機械的に洗い出せ。著者は書評の短い一節から5カ所(「未知の世界の扉を開けては」「世紀の大発見」「非常にワクワクした」「愛が本からこぼれ出て」「愛しい気持ちもお裾分け」)を「削るか、再考する」と判定した。 - **強調の形容語とセットの表現に注意せよ**。「非常にワクワクした」——ワクワクするときは必ず「非常に」なのではないか。強調語とセットで使われることが常套化した表現を疑え。 - **時日・場所を句点で切って書き出す手癖をやめよ**。〈年末の東京・表参道。〉〈2011年3月11日。〉といった書き出しは業界の長年の手癖である。 - **「行われた」「開催された」「旅を行う」を書きそうになったら**、単に「○○があった」「○○が開かれた」「○○する」で足りないかを問え。多くの場合、足りる。 ## 根拠となる事例・考え方 - 塾を卒業してデビューしたフリーライターが原稿を怒られ「常套句は親のかたきと、大きく紙に書いて、机の前に貼っておけ」と面罵された(酔ってのことだが、著者の教えの核でもある)。 - 常套句の巣窟としての新聞:試合に負けた選手は「唇をかむ」「胸を張る」「前を向く」、勝ったチームの選手は「目を輝かせ」「喜びを爆発」させ、「スタンドを埋めた」観客が「沸いた」。新人記者は高校野球を担当させられるので、一年目二年目でついやらかす。 - 「抜けるような青空」を最初に書いた人はずいぶん苦労したはずで、それ自体はなかなかの文章術である。しかしいったん書かれ"流行"すると、書き手は空を観察しなくなる。 - 小林秀雄「美しい『花』がある、『花』の美しさといふ様なものはない。」(「当麻」)。短い随筆なのでライター志望者は必読。 - フローベールが弟子のモーパッサンに教えたこと(「ピエールとジャン」序文)——「ある門番や馬車の姿を、ほかのすべての門番、馬車とどう違うのか。それをわたしに描いて、わからせてくれ。問題は表現しようと思うすべてのものを、だれからも見られずいわれもしなかった面を発見するようになるまで、十分長くまた十分の注意をこめて眺めることである」。つまり**正確に、どこまでも自分の目に忠実に書け**。 - 「としたもんだ表現」の実例:全国紙の新年連載第一回の書き出し〈年末の東京・表参道。都内の私立大3年の女子大学生(21)は、イルミネーションの中、黒いリクルートスーツ姿で歩いていた。〉。新年一面の大型連載は新聞社がもっとも力を入れる記事であり、デスク・整理記者・校閲記者・社会部長・編集局長ら多くの人間が目を通してこの文章になった。 - 「としたもんだ表現」が生まれる動機:たいそうなイベントが行われた、記事にする意義がある、と筆者が主張したい。同時に「いやじつは、紙面も薄いし、仕方がないから出稿しているのだけれども……」といういいわけの意識も、この言葉を選ばせている。 - 皮肉の自覚:著者は「『常套句は親のかたき』が、そもそも常套句なのではないか。常套句を使って常套句を戒めるという、たいへんまぬけな話になっているのかも知れません」と自ら書いている。 ## キーワード - **常套句(クリシェ)**:定型、決まり文句。「文章が常套的になる」以上に「ものの見方を常套的にさせる」ことが罪深い。世界の切り取り方を他人の頭に頼るようにする。 - **としたもんだ表現**:常套句の派生形。「新聞とは、そうしたもんだ。読みものはこうやって書き出すとしたもんだ」という業界の共通認識が生む手癖の文章。〈時日・場所+句点〉の書き出し、「行われた」「開催された」など。放っておくと新聞・雑誌・ネット・テレビ・広告・公文書・プレスリリースに津波のように増殖する。**文章を読みにくくする大ブレーキ**。 - **としたもんだ世界=ディストピア**:「男とはかくあるべきだ」「日本人とはこうした民族だ」「愛国心と女らしさはこうしたものだ」——人が発するすべての「としたもんだ表現」にはさしたる根拠がなく、特定の時代・地域にしか通用しない文化による規定、幻影であり思いこみである。 - **書く目的**:「狭量と不寛容と底意地の悪さにあふれた、争いばかりのこの世界を、ほんの少しでも住みやすくするため、生きやすくするため、肺臓に多量の空気が入ってくるために」書く。世界に氾濫する「としたもんだ表現」の洪水に抗い、ひび割れを起こさせ、世間にすきま風を吹かせる。