# 第2発 うまい文章 ── うまくなりたいというけれど。 ## 中心主張 「うまい文章とはなにか」という大きすぎる問いは、「うまい」とはなにか/「文章」とはなにか、と分節して答える。うまい=分かりやすい、文章=書き手の感情・判断・思想を読者へ運ぶキャリアー(クロネコヤマト)である。だがそこで問いはもう一段変奏する。うまい文章が、はたして「いい文章」なのか。切れすぎる刀は人を落ち着かなくさせる。目指すべきは、鞘に入った、ふくらみと徳のある文章である。 ## 実践指針 - **答えにくい問いに詰まった場面では**、問いを分節せよ。「幸せとはなにか」「ほんとうの愛とはなにか」のような大質問は、そのままでは答えられない。語をひとつずつ定義し直す。 - **分かりやすい文章を書く場面では**、三原則だけ守れ。①**文章は短くする** ②**形容語と被形容語はなるべく近づける** ③**一つの文に、主語と述語はひとつずつ**。原則はこの三つだけ。 - **一文が長くなったら**、二つに分けられる文は全部、二つに分ける。初心者はまず、すべての文を分けてみよ。 - **修飾語を置く場面では**、かかる先の直前に置け。「違法な野生動物の売買」は、違法なのは「売買」であって「野生動物」ではない。離れると誤読が生まれる。 - **主語と述語が一文に複数出てきたら**、書き直せ。「気を取り直して、番組は、二手に分かれ、路線バスとローカル鉄道の乗り継ぎ対決の旅を行う」——主述が複数あるためすさまじい違和感が出る。**原則は守ってこそ、例外に効果が出る**。 - **難語を使いたくなったら**、やめよ。漱石は短い平易な日本語を得意にした。庶民にも分かる日本語を小説家が開発し新聞で広めた明治の時代の産物である。わざわざ難しい言葉は使わず、短い文章でたたみかける。 - **「うまく書けた」と思った場面では**、いったん疑え。うまい文章に読者が喜んで受け取り印を押すわけではない。読者が受け取りたいのは「いい文章」である。 - **推敲の最終段で問え**:この文章は人をいい心持ちにさせるか。風通しはいいか。落ち着かせるか。世の中をほんの少しでも住みいいものにするか。ギラギラしていないか。 ## 根拠となる事例・考え方 - 分かりにくい文章の傑作として、会社の会合の幹事から届く訂正メール(町田康『人生パンク道場』)を引用。「時間に関しては前々回の訂正の部分がやっぱり正解で……」と延々と続く。読者の悩み相談に、言葉の魔術師・町田康が大まじめに答えている芸術的な悪文。**この分かりにくい文章アートの、逆をすればいい**。 - 漱石『草枕』の一場面。若い画家の主人公と美女・那美さんがふたりきりで話し込んでいた部屋で、地面が大きく揺れる。「地震!」——名詞ひとつ、「むろん」——副詞ひとつだけで、それは文章になり得る。主部と述部があって文章を構成するという観点では文章ではないが、小説を読めば分かるとおり、**品詞ひとつで文章になり得る**。 - 著者が朝日新聞で始めた連載「アロハで田植えしてみました」(2014年、シーズン7まで継続)を読んだ元編集幹部からの返礼のはがき——「なにしろうまい文章です。うま過ぎると言ってもいい。しかし、なにごとにつけ、『過ぎる』というのは、よくないことかも知れませんよ」「あなたはなんだかギラギラし過ぎていますね。そう、抜き身みたいに。あなたは、鞘のない刀みたいな人。よく切れます。でも、本当にいい刀は、鞘に入っているもんですよ」。 - 黒澤明『椿三十郎』。主人公(三船敏郎)は頭が切れて腕の立つ素浪人だが、城代家老の奥方に「あなたは抜き身みたいに。いい刀は、鞘に入っているもんですよ」と諭される場面が忘れがたい。 - 『徒然草』「よき細工は、少し鈍き刀を使ふといふ」。切れる刀をもちたがるのは人の常だが、名工は少し鈍い刀を使う。 - 古今集の序文「力をも入れずして天地を動かし」を踏まえた江戸時代の狂歌——歌よみは下手な方がいい、うまい歌など書かれて天地が動いてしまっては危なくて仕方ない、という強烈な皮肉。 ## キーワード - **文章=キャリアー**:本書の定義。「文章とはキャリアー(信号、波、触媒、運ぶもの、感染)です。言葉を発する主体の、感情、判断、思想を乗せて走るクロネコヤマトです。宛先は、もちろん読者です。感情、判断、思想がそこに梱包されていなければ、読者の受け取り印はもらえません」。 - **読者の受け取り印**:読者の心が揺れた、倒壊したという現象。文章が届いた証。 - **分かりやすさの三原則**:①短くする ②形容語と被形容語を近づける ③一文に主語・述語ひとつずつ。 - **いい文章**:「人を、いい心持ちにさせる文章。風通しのいい文章。落ち着かせる文章。世の中を、ほんの少しでも住みいいものにする文章。ギラギラしていない、いい鞘に入っている、切れすぎない、つまりは、徳のある文章」。 - **ふくらみ**:いい文章に必要な余裕。本書では「誤読の種を孕むこと」と定義され、最後の第25発でリプライズされる。