# 第1章 文章の基本/第1発 三行で撃つ ── 書き出しを外すと、次はない。
## 中心主張
猟師は最初の一発を外せば獲物に逃げられる。文章も同じで、最初の一文、長くても三行で読者の心を撃たなければ、浮気な読者は続きなど読んでくれない。しかも書き出しの一行は「捨て球」であると同時に必ず回収される伏線でなければならない。のけぞらせるためだけの一行は、けれん味だけの最悪の文章になる。
## 実践指針
- **書き出しを書く場面では**、最初の一文、長くても三行以内で読者を撃て。自動式銃なら三発は連射できるが、それを外したら獲物は逃げていく。
- **文豪の書き出しを真似したくなったら**、やめよ。小説の書き出しはとろくていい。読者は「小説を読もう」と決めて、その作者が好きで買っているからだ。われわれの文章はそうではない。コインランドリーの待ち時間、美容室や病院の待合室、銀行の順番待ちで、ふとした拍子に手にとられる「哀れな文章」だ。
- **一行目を設計する場面では**、野球の配球で考えよ。一球目に、ビーンボールすれすれの胸元をつくストレートを投げ込む。捨て球だからボールでいい。カウントをあえて悪くしてでも、読者(バッター)をのけぞらせ、振り向かせる。
- **その捨て球には必ず意味を持たせよ**。書き出しの一文の意味は、全体を読み終えたときに分かるように仕込む。伏線は必ず回収する。銃が最後まで発射されずに消えたら、読者は「なあんだ」としらける。
- **一文目に体言止めを使いたくなったら**、原則やめよ。体言止めをすべて排する必要はないが、一文目の体言止めは、よほどの確信と狙いがなければ禁じ手。
- **書き出しに数詞を並べたくなったら**、それが記事を動かすデータかを問え。「68歳と8日」のような数詞は、データとしてなら成立しうるが、多くの場合は化粧っ気のない、サービス不足の一発に終わる。
- **読者像を想定する場面では**、「読書エリート」を想定するな。電車の中は全員スマートフォンで、本を読んでいる人などいない。相手は落ち着きがなく、ものなんか考えたくもない人たちである。だからこそ三行以内で撃ち、驚かせ、のけぞらせる。
## 根拠となる事例・考え方
- 文豪の書き出し三例:「吾輩は猫である。名前はまだ無い。」(夏目漱石)/「国境の長いトンネルを抜けると雪国であった。」(川端康成)/「木曽路はすべて山の中である。」(島崎藤村)。歴史的な書き出しだが、いずれも小説だからこそ許される「とろさ」がある。
- 敏腕司法記者Y氏の書き出し演習:最高裁長官就任の人物紹介記事から8つの文を並べ、塾生十数人に「何番が問題か」と問うた。正解者はたった1人。正答は④と⑤の2つ(体言止め)で、⑤を外した塾生が多かった。③⑥⑦は「としたもんだ表現」の典型(第4発)、①②⑧は「凡庸出だし」。
- 読書という運動の最大の特徴は「落ち着き」である。人を落ち着かせ、心を鎮めさせ、立ち止まらせ、考えさせる。しかし多くの人は心を鎮めたくないし、考えたくない。落ち着くと、わが人生が虚しく思えてくるからだ。
- 「振り向かせたい」一行目の実例三種:〈世の中は、わからん人が多く、たまらん話にあふれている。〉〈白状しよう。びびっていたのである。会う前までは。〉〈安室—ひばり=平成〉。それぞれ裁判傍聴記、暴走族ヘルズ・エンジェルス元リーダー取材のルポ、平成回顧コラムの冒頭。
- ロシアの小説家チェーホフ「物語の中に銃が出てきた以上、それは発射されなければならない」。書き出しののけぞらせる一行目は、まだ発射されていない「銃」である。読者は弾が入っているのかどうか、おそるおそる、しかし好奇心には勝てず、二文目、三文目と読み進めてくれる。
## キーワード
- **三行で撃つ**:最初の一文、長くても三行以内で読者の心を射抜くこと。書名そのもの。
- **銃/捨て球**:書き出しの一行目のこと。読者をのけぞらせる伏線であり、必ず回収=発射されなければならない。
- **凡庸出だし**:情報として当たり前のことをただ並べた、印象に残らない書き出し。
- **けれん味だけの文章**:のけぞらせただけで回収しない、最悪の書き出し。
- **ライターとはだれか**:プロのライター、プロ志望者、フリーのジャーナリスト、コラムニスト、エッセイスト、新聞・雑誌社の社員記者、コピーライター、企業広報、ブロガー、インスタグラマー、そして学生まで含む。「ライターの仕事とは、〈生きること〉にほかならない」。