# ものつくりのセンス
原題: Taste for Makers(Paul Graham, 2002年2月/プロジェクト杉田玄白正式参加テキスト)/進捗 50%〜56%
**中心主張**: 「センスは主観的なもの」という現代の相対主義は、ものを作る人にとって有害な嘘である。良いデザインと悪いデザインが存在すると認めなければ、良いデザインについて学び始めることすらできない。数学・絵画・建築・工学・文章など分野をまたいで「美」の共通項を洗い出すと、良いデザインには十数個の反復するパターンがあり、それは学習可能な現実的問題である。
**実践指針**:
- センスは主観的だと言われた場面では、その主張が「論争を避けるには良い方法」でしかないと見抜け。仕事が上達する人は誰しも自分が上達しているのがわかる。だとすれば、古いセンスは単に違うのではなく、今より悪かったのだ。
- 設計を評価する場面では、まず単純さを疑え。「良いデザインは単純である」。装飾を見せられないなら、実体を見せなくてはならなくなる。長ったらしい単語や「表現主義的」な絵のタッチの下には、たいてい大した中身がない。
- 流行に乗るか迷った場面では、色褪せない解を目標にせよ。それは最良の解を見つける良い方法でもあり、流行を避ける良い方法でもある。1500年の人々にも2500年の人々にも好かれるものを狙え。
- うまく解けない問題に当たった場面では、問題そのものを疑え。「良いデザインは正しい問題を解決する」。コンロのつまみを一列に並べるのは、間違った問いに対する簡潔な答えである(火口と同じく四角に配置すべき)。解と同じように問題も改善してよい。
- 説明したくなった場面では、想像力を喚起する方を選べ。ジェーン・オースティンの小説には叙述がほとんどない。物語を実にうまく語るので、読者が情景を目に浮かべる。全部描いてある絵より、色々想像できる絵の方が見ていて飽きない。
- 建物やソフトウェアを設計する場面では、使う人が自分の生き方をできる背景を作れ。「建築家の書いたプログラムを実行しているように生きる」ためであってはならない。ソフトウェアではユーザがレゴのように組み合わせられる少数の基本要素を提供せよ。
- 簡単に見えるものを作りたい場面では、練習量を覚悟せよ。「良いデザインは簡単に見える」が、ほとんどの場合それは幻想だ。読みやすい会話調の良文は8回目の書き直しでようやく得られる。
- 対称性を使う場面では、それが「深く考える代わりに使われてしまう」危険を意識せよ。対称性には繰り返しと再帰の2種類があり、数学と工学では再帰が特に有用(帰納法による証明、エッフェル塔)。
- 自然に似せる場面では、自然が「問題を解くのに非常に長い時間をかけてきた」から参考にするのだと理解せよ。似ているから良いのではない。自分の解が自然の解に似ていたら、それは良いしるしだ。
- 最初の出来がそこそこだった場面では、捨てて再設計せよ。「良いデザインは再デザインだ」。「ここまで出来たのなら、もっと出来るはずだ」と考えられることが必要で、それには自信がいる。間違いを大失敗のように考えるのではなく、簡単に見つけて簡単に直せるようにしておけ。
- 独自性を出したくなった場面では、まず正しくあることを優先せよ。「良いデザインは模倣する」。最も偉大な作り手は一種の滅私状態に達していて、正しい答えを知りたいだけである。答えの一部が誰かによって発見されていたなら、それを利用しない手はない。誰かの仕事を借りても自分のビジョンは曇らないという自信があるのだ。
- スタイルを確立したくなった場面では、狙うな。「唯一持つべきスタイルは、どうしてもそうなってしまう、というようなものだ」。ミケランジェロはミケランジェロのように描こうとしたわけではなく、ただうまく描こうとした結果そうなった。
- 良い仕事をする場所を選ぶ場面では、ホットスポットに行け。「良いデザインは集団で生まれる」。中心から遠く離れていては良い仕事はほとんど不可能。押しよせたり引き寄せたりはある程度できるが、完全には逃れられない。
- 改善したい場面では、美を想像するより醜さに目をやれ。「俺ならもっとうまくできる」が偉大な仕事の発端になる。ただし醜いものを許せないだけでは不十分で、どこを直せば良いか知る嗅覚を得るには、その分野を十分に理解していなければならない。
**根拠となる事例・考え方**:
- MIT で教えている友人の言葉: 「みんな賢そうだよ。ただ、センスがあるかどうかを見分けるのは難しい」。技術者として優秀なだけでなく、その技術的知識を使って美しいものをデザインできる学生が欲しい、という意味。
- 冒頭に置かれた3つの引用: トーマス・クーン『コペルニクス革命』の「エクアントへの美学的な反発が、コペルニクスに天動説を拒否させたひとつの重要な動機であった」/ベン・R・リッチ『スカンクワークス』の「外見の美しい航空機は美しく飛ぶはずだ」(ケリー・ジョンソンの主張)/G・H・ハーディ『一数学者の弁明』の「美が最初のテストだ。この世には醜い数学の生き残る余地は無い」。
- センスが主観的だと教えられる過程: 弟が塗り絵で人を緑に塗るのをばかにすると、母は「あなたにはあなたの好みが、弟には弟の好みがあるのよ」と言う。母は美学の真実を教えようとしているのではなく、けんかを止めたいだけだ。その後で大人は子供を美術館に連れてゆき「レオナルド・ダ・ヴィンチは偉大な芸術家だからしっかり見ておきなさい」と言う——矛盾している。
- 悪いデザインの多くは、勤勉であるが勘違いした仕事の結果。20世紀中盤に文章をサンセリフで組版するのが流行ったが、装飾無しのフォントが元の文字の形に近いというのは、文章において解くべき問題ではない。読みやすさには文字同士が区別しやすいことの方が重要で、Times Roman なら g と y が容易に区別が付く。
- 良いデザインはしばしばちょっと滑稽: デューラーの版画、サーリネンのウーム・チェア、パンテオン、初代のポルシェ911。ユーモアのセンスは力強さと関連していて、不幸な出来事も肩をすくめてやり過ごせるということ。ヒッチコック、ブリューゲル、シェークスピアも同様。
- 良いデザインは困難: 素晴らしい仕事をした人々に共通するのは、非常に頑張ったということ。山を登る時に不必要なものを荷物から捨てるのと同じで、難しい建築物と限られた予算を前にすればエレガントなデザインを強いられる。ただし苦しみには良い苦しみ(走っているときの苦しみ)と悪い苦しみ(釘を踏み抜いた時の苦しみ)があり、気まぐれな顧客や信頼できない素材は後者。
- 人物画が伝統的に最も価値を認められてきたのは、人間が人の顔を見分ける能力に極めて優れているため。木の枝の角度を5度変えても誰も気付かないが、誰かの目を5度傾けて描いたらみんな気づく。
- 「没入している時」とは、脊髄が全てを制御下に置いている時。脊髄はためらわないし、意識をより難しい問題に使えるように解放してくれる。熟練したピアニストは頭から手に信号が送られるよりも速く音符を弾ける。
- 再デザインの実例: ダ・ヴィンチの絵には5回も6回も線を正そうとした跡が見て取れる。ポルシェ911の特徴的な背面は、ださい試作品があって初めて生まれた。ライトのグッゲンハイムの初期計画では右半分はジグラット形式になるはずだった。15世紀に油絵がテンペラを置き換えて、画家たちは人物画のような難しい対象に取り組みやすくなった(油絵具は混ぜたり塗り重ねたりできる)。オープンソースソフトウェアはバグの可能性を認めているがゆえにバグが少ない。
- 模倣の三段階: 初心者は知らず知らずのうちに模倣する→意識的に独自性を出そうとする→最後に、独自性よりも正しくあることの方が重要だと気づく。気づかずに模倣することはほぼ間違いなく悪いデザインをもたらす(どこから自分のアイディアが来たのか知らない場合、たぶんあなたは模倣者の模倣をしている)。ラファエル前派が反発したのは、ラファエル自身の作品よりも彼を模倣する風潮だった。
- 良いデザインはしばしば奇妙: オイラーの公式(e^iπ = -1)、ブリューゲルの『雪中の狩人』、SR-71、Lisp。奇妙さは意識して作り出せない。せいぜい出来るのは、奇妙さが現れて来た時にそれを潰さないように気を付けることくらい。アインシュタインは相対性理論をわざわざ奇妙にしようとしたわけではない。
- 集団で生まれる実例: 15世紀のフィレンツェにはブルネレスキ、ギベルティ、ドナテルロ、マザッチォ、フィリッポ・リッピ、フラ・アンジェリコ、ヴェロッキオ、ボッティチェリ、レオナルド、ミケランジェロがいた。当時ミラノはほぼ同規模の都市だったが、ミラノ出身のアーティストを何人挙げられるか。現在アメリカには15世紀フィレンツェの約1000倍の人口がいるのだから、1000人のレオナルドと1000人のミケランジェロがいるはずだが、現実はそうではない。「レオナルドがレオナルドになるには、生まれながらの能力以上の何かが必要なのだ。1450年のフィレンツェが必要なのだ。」現代のホットスポットの例: バウハウス、マンハッタンプロジェクト、『ニューヨーカー』、ロッキードのスカンクワークス、ゼロックスの Parc。
- 良いデザインはしばしば大胆: ルネサンスの芸術の多くは当時あまりに世俗的だと考えられた。ヴァザーリによればボッティチェリは悔やんで筆を折り、フラ・バルトロメオとロレンツォ・ディ・クレディは自分の作品のいくつかを実際に燃やした。アインシュタインの相対性理論に多くの当時の物理学者は拒否反応を示し、その後長い間(とりわけフランスでは1950年代になるまで)完全には受け入れられなかった。「今日の実験の誤りは明日の新理論だ。新しいことを発見したければ、主流の知識と真実が一致しないところに目を瞑るのではなく、逆にそこに注目しなければならない。」
- ジョットは何世紀にもわたって満足されてきた方式で描かれたビザンチンのマドンナ像を見て、無表情で不自然だと感じた。コペルニクスは同時代の他の学者が寛容してきたツギハギにどうしても我慢できなかった。
- 締めの一文: 「厳しい味覚と、それを満足させる能力。それが偉大な仕事のためのレシピだ。」
**キーワード**(本エッセイが列挙する良いデザインの性質):
- **良いデザインは単純である** / **永遠である** / **正しい問題を解決する** / **想像力を喚起する** / **しばしばちょっと滑稽だ** / **難しい** / **簡単に見える** / **対称性を使う** / **自然に似る** / **再デザインだ** / **模倣する** / **しばしば奇妙だ** / **集団で生まれる** / **しばしば大胆だ**
- **センス(審美眼)**: 美を見分ける力。良いものを作るために必要な、学習可能で客観性のある能力。「相対主義が流行してて、自分のセンスが育っていたとしても、それについて考えるのを邪魔するかもしれない」。
- **形態は機能にしたがう**: サリヴァンの方針。ただし原註によれば彼が実際に言ったのは「形態はいずれ機能に追従する (form ever follows function)」で、よく引用される "form follows function" の方が近代建築家の意味に近い。バウハウスが意図したのは「形態は機能にしたがうべきである」だった。
- **ホットスポット**: 良い仕事が集中して出てくる少数の場所。関連した問題を解こうとしている才能ある人々のコミュニティ。遺伝子の影響より遥かにパワフル。
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**(part2 に続く)** — part1 の50ページ目は本エッセイの本文・原註を終え、訳註1〜3(エクアント、『スカンクワークス』邦訳、『一数学者の弁明』邦訳)まで表示した状態で、訳註4 の見出しで切れている。本文は完結しているが、訳註4以降は part2 の冒頭にかかっている可能性がある。